告知の日。
僕はジャイアンツ球場にいた。


ジャイアンツ球場で大田選手に
サインを貰おうと待っている。


でも母の事が頭から離れない。
今この瞬間にも母はどうしているのだろう。


(もう終わったかな…?)


(はつみは大丈夫かな…?)


(おれは最低だ…何してんだよ…)


考えることは母の事と
そして父と母に対する罪悪感。


自分で選んだ決断だが
次第に増していく罪悪感。


かと言ってあの場に同席する
覚悟も勇気も僕にはない…。


一番傍に居てあげなければいけないのに
僕は本当に最低な行動を取った。


そしてそうこうしているうちに
無事に大田選手にサインを貰えた。


(よし!これではつみも喜んでくれるぞ)
などと自分の都合の良いように
気持ちを振るい立たせ、
僕は父と母が待つ病院へと
急いで向かった。


病院に着くなり
1階のロビーで父にメールをした。


いきなり母に会う勇気は僕にはなかった。
ここでも僕の弱い気持ちが出てくる。


父と1階のロビーで待ち合わせをした。
ジャイアンツ球場に居た時から
ずっとこの日は心拍数が上がっていたけれど


病院に着いて父にメールをして
父を待っていたあの時が一番心拍数が上がった。
あの時の光景は今でも覚えている。


そして未だにこうして思い出すと
あの当時の鼓動が蘇るというかドキドキする。


父が下りてきた。
駆け足で父の元へと向かう僕。


「どうだった?はつみの様子はどうだった?」


僕ははやる気持ちが抑えきれず、
父を質問攻めした。


「大丈夫だ。聞いたときはショックを受けていたけれど今は落ち着いている。」


「良かった~。じゃあ今は話せる状態ってこと?」


僕は父からの言葉を聞いて安心した。


(余命を宣告されたのだし、ショックを受けるのは当然だ)


(でも思ったより動揺していないみたいで良かった)


などと自分の都合の良いように勝手に解釈した。


僕はこの時点で
大きな間違いをしてしまった。


そしてその大きな間違いに気づかず、
母に対して最低な言葉を投げかける。


もちろんこの時の僕は
母の気持ちを考えていたつもりだった。
でもそれは本当に「つもり」だった。


僕は父からの「大丈夫だ」という言葉を真に受けた。
父が僕の事を想って、
心がボロボロだった僕へとくれた
精一杯の優しさの言葉だったのに…。


僕は


(これでもうはつみに嘘をつかなくて良いんだ!)


(これで今日からはつみと同じ方向を向いていける!)


と、この1ヶ月はつみに対して
嘘をつかなければならなかった毎日から
解放された事に、不謹慎ではあるが
一種の高揚感のようなものがあり


告知という残酷な現実を突きつけられた
はつみの気持ちを考えるよりも
自分が得られた解放感が勝ってしまった。


そしてその一番に考えなければいけなかった
「はつみの想い」を考えもせず、
はつみの元へと向かった…。


忘れもしないあの光景。
僕がはつみの病室へ向かうと
ちょうどはつみがトイレに向かうため
看護師の方に付き添われながら
病室から出てきた。


僕の顔を見るなり一言。


「大変だったね…。」


今にして思えば
この時のはつみは放心状態だった…。


けれど僕は母の異変に気づかず…。
解放されたことへの反動からか
笑顔でこう返してしまった。


「ううん。これではつみに嘘をつかなくて良いから嬉しいよ!」


はつみは「そうか。」とだけ
弱々しく返事をして
トイレへと向かった。


あの時の、あのはつみの背中は
今でも忘れられない。


はつみは大丈夫などではなく、
放心状態だった。


放心状態になるのは当たり前だなと
年を重ねるにつれ、強く思う。


でもこの時の僕は違った。
はつみの事を考えて毎日毎日泣いていたのに
僕は自分のことしか考えていなかったのだ…。


そして僕はこの日の夜も
はつみの想いを踏みにじる…。


今も消えぬ後悔…。





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