20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

僕は21で母を、29で父を共に癌で亡くしました。 僕の経験や想いを書きます。 このブログが一人でも多くの方の心に届いて 心の宿り木のような存在になってくれると嬉しいです。

酸素

両親を癌で亡くした僕が経験した出来事を書きます。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

諦めきれない想い ~無駄な抵抗だとしても~

高山病のような症状で
酸素が脳に行きにくい状態。
いつ亡くなってもおかしくない状態。


もう本当に追い込まれている状態だと
僕も重々承知していたが


やはり諦める事などできなかった。
それが無駄な抵抗だとしても
僕はまだまだはつみに生きてほしい。


インターネットで酸素について調べた。
そして酸素をたくさん体内に取り込むためには
呼吸の仕方が重要であると発見した。


僕は母に


「大きくゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐いて」


と懇願した。


母はめんどくさがったり、嫌がったりせず
僕の言う通りにやってくれた。


僕は母が大きくゆっくりと息を吸って
ゆっくりと吐いてくれている姿を見て


(脳に酸素よ行ってくれ!)


と自分の両手を力一杯
握りしめながら祈った。


また今にして思えば安易だと思うが
その当時は必死で、自分なりに一生懸命考えたのが
酸素水を飲んでもらう事。


「酸素水」のペットボトルを購入し
母が水を飲む時用に準備した。


「今はつみの脳には酸素が行きにくい状態らしい…。まずいかもしれないけれどこれ飲んでくれない…?」


と断られるのを覚悟で母にお願いした。


すると母は笑いながら


「そんなの効くか(笑)でもゆうじが母ちゃんの為に買って来てくれたものだから、飲ませてほしいな^^」


と言ってくれた。


僕は嬉しくて号泣した。



「ありがとう…絶対にこれ飲めば脳に酸素が行くよ…」


何の根拠もないけれど
母に自信満々に伝えた。


なぜならこの酸素水には
僕の母に対する想いが込められていたから…。


そして母は早速飲みたいと言ってくれ
手伝いながら母の口に
ゆっくりと少量だけ飲ませた。


母はニコッと笑い
「よしこれで脳に酸素が行くね^^」
と僕の目を見てくれた。


僕は泣きながら笑顔を浮かべ
「うん…」とだけ答えた。


そして母は


「最近眠れないからリラックスできる音楽が聴きたいな」


「久しぶりにAIのStory聴きたいから持ってきて^^」


と僕に頼んできた。


僕は涙を拭き
「うん」と答え一度家に帰った。




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納得できるわけ…ねぇだろ…

「次に眠ったらそのまま…かもしれません…。」


その言葉が頭から離れない。


しかしあまりにも突然で
自分の想像を遥かに超える宣告だったからか
どこか他人事のような感じで
時間が立つにつれ
母と普通に雑談ができるような状態だった。


しばらくすると
仕事を早退して来た
父から「病院に着いた」と
メールが来た。


僕は母を病室に残し、急いで
4階のエレベーター前に向かった。


エレベーターから父が降りて来た。
父と目が合った瞬間、
緊張の糸がほどけたのか
僕はその場で泣き始めてしまった。


父はそんな僕を見て、心配してくれ
向かいのロビーに誘導してくれた。


僕はしゃくり泣きながら
先生から言われたことを伝えた。


しゃくり泣きながら父に伝えたため
言葉の端々で詰まり
話がうまく伝えられなかったにもかかわらず


父はメソメソしている僕に対して
「もっとはっきり言え!」などと怒ったり、
せかすわけでもなく、
僕のペースに合わせ、
僕の顔を覗き込むように
大事に大事に耳を傾けてくれた。


そして父は僕を慰めてくれ
「先生と話をしてくる。おまえは落ち着くまでここにいろ」
と優しく声をかけてくれた。


父は立ち上がり
僕の右肩を無言で
ポンポンと叩いて
先生の元へと向かった。


僕は顔を上げ
父の背中を見ながら
さらに泣いた。


父が先生の所に向かって
再び僕の前に帰ってくるまで
時間にしてどのくらいだっただろうか


覚えているのはこの間
1人で泣いていたのと
母の所に行かなかったこと、
最終的にロビーから
携帯電話が使用できる携帯エリアに移動して
その椅子に座っていたこと。


父がロビーに姿を現した。
キョロキョロしている。


僕はしゃくり泣きながら
黙って父を見つめる。


父は僕の姿を見つけると
穏やかな顔をして僕の元へと歩いてきた。


父は主治医の先生と話した内容を
丁寧に教えてくれた。


そして最終的に先生との話の中で
まむなく訪れる
"母の最期について家族の意思を聞かれた"
と僕に教えてくれた。


そして父は僕に尋ねた。



「もし母ちゃんがそんな状態になったら延命を望むか?それとも何もせず時の流れに任せるか?どうする?」


「もし延命をしたとしても母ちゃんは植物状態になって眠ったままで会話はもうできない…。」


「でもお前と兄ちゃんがそれを望むなら父ちゃんは先生に反対されようとも、先生にお願いするよ」


僕は父からの言葉を聞き
人目をはばからず、
ひたすら泣いて泣いて泣いた。


答えは出ているのに
それを言葉にしてしまったら、
はつみが死ぬことを認めてしまう気がして
なかなか父に伝えることができなかった…。


でも父はその間何も言わず
ずっと隣にいてくれた。


そして僕はしゃくり泣きながら
ゆっくり、ゆっくりと自分の答えを伝えた。


「時の流れに…任せるよ…。」


「はつみが…これ以上…苦しまないで…済むように…」


すると父は


「わかった。それで納得できるな?」


と僕の気持ちを悟ったように
どこか穏やかな顔で僕の目を
しっかりと見てくれた。


あの時の父の顔は
今でも忘れられない。


僕は目を反らしながら



「納得できるわけ…ねぇだろ…」


と悔し泣きながら
父に怒りをぶつけてしまった…。


まもなく亡くなってしまう最愛の人と
僕ら子供達の間で


誰よりも辛く、残酷な決断を迫られ
それでも決断をしなればならなかった父。


涙を見せるわけでもなく
取り乱すこともなく
決断した父。


そんな父を僕は
誇りに思う。



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次に眠ったら…

混乱したまま案内された部屋に入ると
そこは暗闇に近い部屋だった。


しかし僕はすぐに不信感を抱いた。
それはいつもの主治医の先生ではなく
初対面の先生だったことに。


(だれだこの先生は…)


僕は余計に混乱した。
とりあえず一例をして
椅子に腰を掛けた。


すると僕の困惑した表情を見てか
その先生はしゃべり始めた。


いつもの主治医の先生は
緊急の手術が入り、
その手術を行っているので
代わりに自分が説明する。


昨日起きた一連の様子は
主治医から聞いている。


僕はその話を聞きながら
これから話される本題が
気になって、
集中できていなかった。


そしてようやく本題へと入る。
急に先生の顔が曇る…。


その表情を見て
僕の不安と緊張は頂点に達した。


そして先生が口を開いた。
僕の目をじっと見て





「お母様の脳には酸素が行きにくい状態です。」





「高山病のような症状になっています。」





「いつ亡くなってもおかしくない状態で、それが明日かもしれないですし、明後日かもしれません。」





「もっと言えば次に眠ったらそのまま…かもしれません…。」





あまりにも僕の予想を遥かに超える、
そして突然告げられた、


「もう今日亡くなるかもしれない」という
先生からの説明に


ショックが大きすぎて
涙が出ることもなく、
一瞬だけ放心状態に陥った…。


(もうそんな状態にまで来てしまったのか…)


(次に眠ったら最後って…)


たしかに昨日、腹水が貯まり
死ぬかもしれないとは思ったけれど


昨日の夜からも、
そしてさっきも
普通に会話ができていたし、


入院した段階からもう手遅れで
抗がん剤を使えるような状態ではなく、
投与できなかったこともあり、
入院前と変わらず、髪はフサフサ。


腹痛を訴えた約1ヶ月前から
全くと言っていいほど
何も食べれられない状態だったとはいえ、


元気だった頃と比べ、体形も少しだけ
痩せた程度で、
死ぬ直前の状態だとは感じられずにいた。


昨日の腹水で
「覚悟をそろそろしなければいけないのか…」
と考えてはいたけれど、心のどこかで
「まだその時まで時間はあるはずだ」だと
勝手に信じていたのに…。


そしてこの時ひとつだけ許せなかったのが、
この先生はこの説明中、ずっと少し笑いながら
説明をしてきた。


正しくは顔が引きつって笑っているように見えた。
よくニュースなどで目撃者として
インタビューに応じている人が
重大な事故を目撃したにもかかわらず
笑っているように見える。
まさにそれと同じだった。


でも当時の僕には
そんな表情をして
説明をしてくる先生を
許せるだけの心の余裕はない。


その表情が許せず、
ずっとその先生を睨んでしまった。


そして早くこの場から去りたい
ただそればかりを考え
話が終わるや否や
早々とその部屋から出た。


(主治医の先生から説明してほしかった)


(あの顔は絶対に忘れない!)



この時の僕は
先生たちを憎むことで


突然突き付けられた
受け止めようがないこの現実から
逃げようとしていた。


先生を憎む怒りの気持ちで
このとてつもない悲しい宣告から
逃げようとしていたのだ…。


そして気持ちは母に何と言って
ごまかそうかということ…。


答えは出なかったが
僕は母の待つ病室へと向かう。






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