酸素が脳に行きにくくなり
次に眠ったらそのままかもしれないという
予断を許さない状況と言われたものの
特にそんなことはなかった。


脳に酸素が行きにくい事で
上の空になったり、ボケたりすることもなく
母は亡くなるまで普通に会話もでき
何も変わらなかった。


そしてある日の夜。
僕は母の前で悔し泣きをした。


僕と兄が知らない所で父と母は
まむなく訪れる今後の事を2人で話し合っていた。


僕と兄がその事を聞かされたのは
家族が全員揃ったある日の夜。


僕の記憶では先に父と母が病室にいて
僕と兄が後から合流した時の事だった。


家族4人しかいないものの
病室内には重苦しい空気が流れていた。


その日は特段、母の体調が悪化したなど
悪い事が起きたわけではなかったのに。


ベットに寝ている母を
僕らが立ったまま囲む。


母から見て右に父
真正面に兄、そして左側に僕が立っている。


母は僕ら3人の顔を見渡した後
口を開いた…。



「おまえたちには礼服が無い。明日父ちゃんと一緒に3人でAOKIに行って、礼服を作って来てほしい。」


僕はあまりに予期せぬ母からの言葉に動揺するとともに
母が死ぬことを受け入れた事、
生きる事を諦めた事、
負けを認めた事にショックを覚え
声を震わせながら


「なんだよそれ…」


「諦めるのかよ…」


どちらかというと、
消えいるように呟くように
僕は悔し泣きをした。


どこにこの怒りをぶつければ良いのかわからない。
かといって納得はできない。


僕は歯を食いしばり、拳を握りしめ
目をつぶりながら顔を下に向け泣いた。


もう99%この状況は変わらないほど
最悪な状況だとはわかっているけれど


母がもう死を受け入れた事が
とてつもなくショックで…。


しかも母から"自分の葬式の為に着る喪服を買って来て"
と言われたことが悲しかったし


母の気持ちを考えると、
やるせなくて…。


すると母がまた口を開いた。
今度は笑顔で


「大丈夫!礼服だから、将来友達の結婚式に出る時にも使えるから^^」


(なんでこんな状況でも笑っていられるんだよ…)


母は無理して笑っているようには見えなかった。
純粋に僕らに提案していた。


僕はそんな母の笑顔を見て


(無理だよ…。おれはその服を着る度にはつみを思い出すよ…。)


(とてもそれを着て結婚式になんて参加できないよ…。)


言葉にはしなかったけれど
僕は心の中でそう強く思った。


母が負けを認めた日
それは僕が悔し泣きをした夜だった。


結局翌日僕らは母に言われた通り
AOKIに礼服を買いに行った。


そして母はこの礼服が完成するまで
しっかりと生きてくれ


母の通夜、告別式に間に合った。


未だにこの礼服を見ると
当時のこの日の夜の事を思い出す…。


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