20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

僕は21で母を、29で父を共に癌で亡くしました。 僕の経験や想いを書きます。 このブログが一人でも多くの方の心に届いて 心の宿り木のような存在になってくれると嬉しいです。

約束

両親を癌で亡くした僕が経験した出来事を書きます。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

母が僕に託した最後の願い

母に感謝の思いを告げることができたこの日
反対に母からお願いをされた事があった。


それは母が僕に託した
最後の願いであった。



当時、大学3年生の21歳。
いよいよ4年生になると
就職活動が始まる。


余談ではあるけれど
3つ上の兄は真面目で
慎重な性格上もあり
手あたり次第、
面接を受けたりせず


自分が生かせる、
自分がやりたい事を
しっかりと吟味していた為、


就職が決まったのが
結構、卒業間近で決まった。


ちなみに兄はその会社に
大学卒業後、
一筋12年お世話になっている


話が少しそれてしまったが
兄が卒業間近に決まったとはいえ
しっかりと就職活動した経緯もあり
母は僕の就職について話をしてきた。



母は椅子に座っている僕に向かい
唐突に


「ゆうじ、就職だけは必ずしてね」



「え?どうしたの急に?」


母の声は少し震えていた


「母ちゃんがこんなことになって迷惑をかけてごめんね…。母ちゃんが原因でフリーターにだけはならないでね」


僕は母の震えた声を聞いて
思わずつられて


「わかったよ。絶対におれ就職するから。迷惑だなんて思っていないよ、はつみに心配かけないように絶対にフリーターにはならないから安心して」


と目を真っ赤にして答えた。


すると母は


「約束だよ?就職だけはしっかりね」


「うん!約束する」


母は嬉しそうだった。



こじつけかもしれないけれど
母は僕に迷惑をかけないように
この時期に亡くなったのかなと
真面目に思う。


もし仮に1年後にこんな状況だったら
きっと就職するのが決まっていたとしても
母が亡くなったのは2月だったので、
卒業まで1ヶ月、
就職まで2か月しかなかった。


おそらく母が亡くなったショックを抱えたまま
就職をして、


新入社員だと当然、
覚える事や失敗することが多く
たくさん凹む。


その凹んだ時に
僕のメンタルだときっと
『プライベートのショックが大きくて仕事がうまくいかないんだ』
などと言い訳の理由にしたり


もっと言えば
『はつみのせいだ』
と思ってしまう事があったかもしれない。


反対にもし1年前であったら
大学2年生の20歳だったので


単位が取れていないにもかかわらず
精神的なショックが大きすぎて
3年生になる4月から
授業をサボっていたかもしれない。
その結果、留年していたかもしれない。

現に僕は3年生まででしっかりと
卒業までに必要な単位をほぼ取得できていた。


その為、この後母が亡くなって
精神的なショックが大きくて
僕は大学にあまり通わなかった。


父と兄は仕事の為

母が亡くなってからは
学生の僕は朝から晩まで
ずっと家で一人だった。
なので
一種の軽いひきこもりのような生活を送る事となる。



ただ逆を言えばそれだけ
母の死に対して思う存分、
悲しむ時間に使えて
立ち直るまでの時間が十分にあった。


言葉は正しいかはわからないけれど
21歳、大学3年生の2月の
この時期に亡くなってくれたからこそ
僕は好きなだけ
母との別れを悲しむことができ


また新たな一歩を踏み出すまでに
十分に時間が取れた。


大学も無事に卒業でき
また卒業後、
すぐに就職できたのも
そして仕事に全力で向き合うことができたのも
この時期だったからこそだと
今でも強く思う。


また母との


「就職してね」


というお願いと約束があったからこそ
僕を奮い立たせてくれたと強く思う。


そう思えてしまうぐらい
僕の事を気にかけてくれていたので
僕は母に対して感謝している。




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大丈夫!必ず連絡が行くから

次の朝になっても
(次に眠ったら…そのままかもしれません…)
という言葉が頭から離れない。


考えれば考えるほど
不安と恐怖で涙が止まらない。



母が死ぬのを認めてしまった僕。
負けを認めた僕が願う事はただ一つ。





「もうこれ以上はつみには苦しまないでほしい…」



「死ぬのなら、せめて楽に死んでほしい…」



どこか放心状態で
母のお見舞いに今日も行く。


病室に着くと母は
今日も笑顔で迎えてくれる。


その笑顔を見るだけで
簡単に涙が出てくる。


最初どんな会話をしたのか
覚えていない。


ただこの頃の母には
もう声のハリが無く
ずっと寝たきりだった。


それでも声のハリは無いのに
母の方から積極的に話しかけてくれる。


きっと僕の事が心配でならなかったのだと思う。
その無償の愛が僕の心を癒してくれる。


そして少しすると母は目を閉じた。


僕はその瞬間、声に出さないように
噛みしめるように歯を食いしばりながら
号泣した。


(このまま死んでしまうのかもしれない。)



(でもはつみが苦しまなくて済むなら…おれは…)


そして僕は母に気づかれないように


「はつみ今までありがとう…」


と泣きながら小さな声で
母に向かって言った…。



しかし5分程度すると
母は目を開け、
目を見開き天井を見つめていた。



その瞬間僕は
心の底から安堵して


(良かった…まだ生きている…本当に良かった…)


と下を見つめながら
嬉し泣きをした。


するとそんな僕の姿を見て


「どうした泣いて?」


といつものように僕を
心配して声をかけてくれた。


その時は
「ごめん…大丈夫だから^^」
と泣きながら作り笑顔を浮かべて
母に答えた。


母は


「母ちゃんは生きているから安心しな^^」


と天井に向かって呟くように言った。



僕は「うん…」とだけ答え
また涙が溢れた。


そして母はまた目を閉じた。


僕は母を見つめながら


(はつみ…もうはつみはこのまま死んでしまうのかもしれないんだよ…)


と声に出せない代わりに
またひょっとすると
このまま母が死んでしまうのかもしれないと
とてつもない恐怖を感じながら
母を見つめて、声を出さないように泣いた。


僕の心は張り裂けそうなほど
激しい恐怖、悲しみに襲われていた。


母が目を閉じる度に
このまま死んでしまうのではないか、と…。


そしてまた母が目を開けた。
先程と全く同じシチュエーション。


しかしもう僕の心は限界だった。
母の手を握り
好きなだけ泣かせてもらった。


母はまた僕に対して


「ゆうじ何があった?母ちゃんに話してごらん」


本当の事は言えないけれど


僕はとっさに


「昨日の夢で…は、はつみが…冷たくなっている…夢を…見た…」


としゃくり泣きながら
話してしまった。



すると母は僕の目を見つめ
今持てる力で僕の手をギュッと握りしめ



「大丈夫!もしそうなった時は冷たくなる前に必ず連絡が行くから」



「先生達もみんな『家族全員仲が良くて、素敵ですね』って言ってくれているよ^^
 だから最期の時は必ず、先生達が母ちゃん達を会わせてくれるから大丈夫^^」


と母は泣くどころか嬉しそうに
僕の事を励ましてくれた。


(はつみ…その笑顔は反則だよ…)


僕はむせび泣いた。



「はつみ約束だよ。俺が来るまで死なないでね…」



「任せとけ^^」



とまた笑顔を浮かべ
返してくれた。


この時から母の口から
死ぬことを受け入れているような言葉が
多く聞かれた。


今振り返ってみると
母が取り乱したのは
告知の翌日以降、無かったように思える。
それ以降はむしろずっと明るかった気がする。


母は無理して明るく振舞ったり、
カラ元気という感じではなく
自然体だった。




「はつみ約束だよ。俺が来るまで死なないでね…」




「任せとけ^^」


この時は願望として伝えたけれど
母はこの約束を守ってくれることとなる…。





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