20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

僕は21で母を、29で父を共に癌で亡くしました。 僕の経験や想いを書きます。 このブログが一人でも多くの方の心に届いて 心の宿り木のような存在になってくれると嬉しいです。

神様

両親を癌で亡くした僕が経験した出来事を書きます。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

神様…お願い…

お風呂から出て
気丈に振舞い
夕飯を食べて
僕は寝る準備に入った。



兄から聞かされた母の想い


僕は母が兄に言った


「ゆうじが心配」


と言葉を思い出し、
またその言葉を言っている母の姿を想像して
1人ベットの中で声を殺しながら
泣き続けた。



そして家中が
寝静まった夜中


僕は2階で寝ている父と兄を
起こさないように
静かに1階へと降りた。


顔を洗い麦茶を飲もうと
台所の電気をつけた。


冷蔵庫のモーター音


壁掛けの時計が
秒数を刻む音。


ただ麦茶を飲んで
すぐに寝るつもりだった


だが静まり返ったこの環境が
僕の心を震わせた


ここ数日、日に日に弱ってきた
母の姿をふいに思い出してしまい
一気に涙がこぼれた。


ここで僕は人生で初めての事をする。


今でもあの光景は忘れない。



僕は唐突に顔を上げた


電球の光が目に入りまぶしかった



僕は一度目を瞑った。


涙が頬に伝う。


僕は改めて目を開き
顔を上げたまま


頬に伝う涙を拭うことなく
口を開いた





「神様…お願い…これ以上はつみを苦しめないで…」





さらに涙が溢れる。






「はつみが苦しまなくて済むなら…おれは…おれはもう…」






言葉に詰まる僕。






「おれはもうはつみとお別れしても…いいから…」






僕はそう言い終わると
下を向き、目を瞑りながら
泣き続けた。




今までの人生でこんな風に
神様にお願いした事など無かった。




もっと言えばこれが
今現在、最初で最後。




別に神様の事を信じていたわけでも
信じていないわけでもなかった。




でもこの時の僕は違った。


というかこんな事を言える相手が
神様しかいなかった。



まさか最初で最後の神頼みを
神様が叶えてくれるとは思わなった。



この数時間後、
母が最期の時を迎える。


この時の僕は
まだそれを知らない。



そして麦茶を飲み
再び眠りについた。



そして翌朝
僕は父からの1本の電話で
飛び起きる事となる…。


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病棟内に鳴り響く母の悲鳴

1月も後半に入り、
大学の冬休みが明けた。


当時僕は21歳、大学3年生。
後期のテストが行われたり
テストがない講義は
レポート提出が課せられていた。


僕は母のお見舞いや
家に帰ってから簡単な家事の傍ら
レポートを書いた。


ただ幸いな事にテストの講義は
記憶があいまいだが2科目しか
無かった気がする。


なので母のお見舞いが終わった後に
夜寝る前の時間を使って
平均2000字ぐらいのレポートを書いた。
3、4科目がレポート提出だったと思う。


なので大学が始始まっても
特に母のお見舞いに支障はそこまでなく
母のお見舞いに専念できた。


母に告知をしたあの日から
2、3日が過ぎて
この頃には母もようやく落ち着き始め

特別大きな問題も起きず
過ごせていた。


しかしそんな平穏な日々は
そう長くは続かない…。


母との別れの時間は
確実に、そして着実に迫ってきた…。


この日は兄が休み。
僕はテストを受けに大学へ。


兄はこの日
母のお見舞いに行ってくれていた。


テストが終わり、
兄と母の待つ病室へと向かった。


僕が病室に着いて
母の様子を見ると
大丈夫そうだった。


母に「テストを受けて来た」
などと報告して


兄と母から、
母の今日の様子を教えてもらったり
他愛のない会話をした。


僕が病室に着いて
この時点で3分も立っていなかった。





すると…




母の様子がしだいに…





呼吸が少しずつ荒くなってくる…



そして徐々に
呼吸困難のような状態になり



次の瞬間…



「わーーーーーーーーーーーーーーーー」



「ぎゃあーーーーーーーーーーーーーーーー」



突然苦しみだし
何と表現すれば良いかわからないぐらいの
大きな悲鳴を上げ始めた。



その母の大きな悲鳴は
病室のみならず、病棟にまで鳴り響いた…。



僕はそんな母の姿を見て
パニックになりいつものように
恐怖に震えその場で泣いた。



同じ病室の人、
またお見舞いに来ている家族が
一斉に自分たちのカーテンを開けたり、
僕らに視線を送ってくる。


そしてすぐに看護師の方達も
慌ててやって来る。


「どうしましたー?大丈夫ですかー?」


看護師の方達も慌てているのが
僕にでもわかる。


僕はその間もずっと
体が動かないというか
その場で立ち尽くし、
目の前で起きていることを
見ながら
ひたすら恐怖のあまり
泣き続けていた。


そして母がずっと
大きな悲鳴を上げているので
病棟内は騒然としていたが


少し時間が立って
真向いの個室へと母だけが
ベットのまま移動された。


今思い出しても当時のあの悲鳴と
あの光景が蘇ってきて心拍数が上がる…。


僕はこの時


(このままはつみは死んじゃうんじゃないか…)


(このまま別れるなんて嫌だよ…)


(まだ何もはつみに伝えられていないよ)


(神様お願い!!まだはつみを連れて行かないで)


(おれが来てまだ5分も立っていないのになんでだよ!)


(おれが来たせいか?)


などと
力いっぱい神様に懇願したり

自分に対して怒ったり
自分を責めたり混乱し続けた…。


僕は母が先程までいたこの病室で、
母がいなくなったにもかかわらず、
ひたすら体を震わせながら泣き続けた



この日が母が団体部屋で過ごしたのは
最後の日となった…。


この約1週間後
移動した先のあの部屋で
母を看取る事となる…。



僕の人生にとって
あの部屋は特別な部屋。




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ゆうじ

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