20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

僕は21で母を、29で父を共に癌で亡くしました。 僕の経験や想いを書きます。 このブログが一人でも多くの方の心に届いて 心の宿り木のような存在になってくれると嬉しいです。

死別

両親を癌で亡くした僕が経験した出来事を書きます。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

【番外編】ブログタイトルを変更しました

「20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~」



ブログタイトルを変更しました。



「両親を癌で亡くした僕が伝えたいこと」
このタイトルでブログを書き続けて来ました。



ブログを書き始める頃は
まさかこんなに多くの方に
読んで頂けて、かつ応援して頂けるとは
思っていませんでした。



僕は両親を癌で亡くしました。
最初は癌で親を亡くした方や
現在癌で闘病中の方や
そのご家族の方に
僕の経験が役に立ってくれればという想いがあり、
このようなタイトルをつけました。



ですが、ブログを書き続けた中で
皆さんから頂いたこれまでの心温まるコメントを
読む中で気づいたことがあります。



それは「若くして両親を亡くした」ということが
語弊はありますが相手の心に響きやすいということ。
僕は21で母を、29で父を亡くしました。



僕は若くして絶望を知りました。
でも逆を言えばそれは僕の武器でもある。



20代で両親を亡くした僕。
友人や職場の方など周りを見渡しても
なかなかいない。



ブログを書き続け、多くの方に読んで頂けている中で
僕の想いは次第に変化してきました。



僕の想いはただひとつ。
僕の経験を一人でも多くの方の心に届けたい。



そのためには多くの方の目に留まるような
興味を引けるタイトルにしたい。



また以前、XYZさんから頂いた
「あなたのブログが、様々な方の宿り木になるよう願っております。」
という素敵なコメントが
とても心に響き、心に残っています。



僕の目指すところはそこだと強く思いました。
この「宿り木」という素敵な言葉と
僕が大切にしている「心」をセットにして
「心の宿り木」という言葉を
サブタイトルに付けさせて頂きました。


両親がいなくなって初めて迎えた
新しい年ということもあり、
ブログタイトルを変更しました。



恥ずかしながらこのブログが
1人でも多くの方の心の宿り木に
なってくれたら良いなあと思っています。



これからも頑張っていきます。
よろしくお願いします。



次回も「番外編」です。
母の話は来週から再開します><



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お母さんが…お母さんが…

母に告知をした日から次の日の朝。
言葉は正しいかはわからないが


僕は母にもう嘘をつかなくて良い事に
嬉しくなり、久しぶりに目覚めの良い朝を迎えた。


そして朝10時からアルバイトへ向かった
アルバイト先は歩いて5分程度の所の
グッズショップ。



(病院着いたら母に何と言って今後に向けて励まそうかな^^)
など前向きな気分で仕事をしていた。


この時の僕は

本当におめでたい奴だった。


ただ僕の考えていた事は
浅はかで最低だった。



一番に考えなければいけない事
一番忘れてはいけない想い
一番大切にしてきた想い


それらを見失ってしまっていた。
自分の事だけを考えていた…。


アルバイトでの勤務が終わり
僕は母の元へと向かった。


この日は9階から4階の病室に
移動する事になっていた。


病院に着いて
4階のナースステーションで
母の新しい病室を聞き
意気揚々と母の待つ病室へ向かった。


6人部屋の入って左側の真ん中のベット。
その母がいるであろうベットの前には
親戚のおばさんが立っていた。


しかしなぜか神妙な顔をしている…。


(おばさんだ。どうしたんだろう…?)


廊下側のカーテンが閉まっているので
僕の存在には母は気づいていない。


何となく只事ではないと感じ
恐る恐る近づき、
親戚のおばさんに軽く会釈をして
カーテンをめくり母の顔を覗く僕…






すると…。








次の瞬間、一瞬にして
僕は前日に取った
自分の
母に対する心無い言動を
心の底から後悔することとなった。




母はその親戚のおばさんに向かって
取り乱したように


「お母さんが…お母さんが…」


とパニックを起こしたように

泣いていた。


母は僕に目もくれず

ひたすら泣き続けた。


叔母さんは
「はつみちゃんお母さんは大丈夫だから、ほら息子さんも来たわよ」
と言って気を紛らわせようとしてくれた。


でも母は取り乱したようにひたすら
泣いていた。



母は腹痛を訴え始めた12月上旬まで
老人ホームに入居していたおばあちゃんに
1週間に1回ぐらいのペースで会いに行っていた。


老人ホームにいるため、
おばあちゃんも母のお見舞いに来れないし
母もまたこんな状態だから
おばあちゃんに会いに行けない。


母は告知を受け、
自分の母親(=おばあちゃん)に対して


母親より先に亡くなってしまう事
母親に会いたくても会えない


などの様々な想いに襲われ、
感情が爆発したのろう…。



僕は前日とは打って変わった
母の姿を見て
ようやく前日に自分が取った言動が
大きな間違いだったことに気づいた…。


その瞬間母に対する
申し訳ない気持ちというか
罪悪感というか


胸をえぐられるような
自責の念に襲われ
僕も感情が一気に爆発して
その場で泣いてしまった。


(おれは…おれはなんて最低なことをしてしまったのだ…)



僕は独り言のように
消え入るような声で



「ごめん…はつみ…ごめん…本当にごめん…」


とだけ母に言い、また慌てて廊下へ
そしてロビーへと逃げた。


(かける言葉など見つからない)


(おれには、はつみに言葉をかける資格などない)



大粒の涙がとめどなく溢れた。
自責の念に心が耐えられなかった。



その後ロビーに叔母さんが来て
現在の母の様子を教えてもらい
励ましの言葉をもらって
僕は叔母さんを見送った。


そして何度も何度も深呼吸をして
気持ちを落ち着かせて母の待つ病室へと向かった。









今こうして約9年立って改めて考えると


自分が親より先に亡くなる事
親に会いたくても会いに行けない事
会いに行けないし、電話もできないから
感謝の思いも伝えられない事



怖くて恋しくて
会いたくて、でも会えなくて…。



健康でまだまだ人生が長くある僕ですら
漠然としているとはいえ
考えるだけで恐怖などを感じるのだから



突然余命を宣告されそれが3ヶ月しかないと
言われればパニックになるのは当然だと思う。


どうしてこんな大事な事に告知の日に
気づけなかったのか。


どんな状況であれ、
例え泣くことしかできなくても
告知の時は家族には
同席してほしいと強く思う。


僕は母の時のこの経験があったからこそ
この8年後に起きる
父の告知の時に自ら率先として同席した。


案の定、泣く事しかできなかったけれど
同席して本当に良かったと強く思う。





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【番外編】カエルの画像の意味 ~無事カエル~

今日は番外編です。


まず皆さんにお礼を言わせてください。
おかげさまでこのブログを始めて
約1ヶ月。


文章力も構成も乏しいにもかかわらず、
おかげさまでたくさんの方にご覧頂き、


1日平均200人の方に訪問いただき
1日平均1200PVになりました。


これもひとえに皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます。


これからもどうかお付き合いのほど
よろしくお願い致します。


また嬉しいことにLINE読者に
2名の方が登録下さっており、
とても励みになります!!


このブログを書こうと思ったのも



「僕の経験が誰かの役に立ってほしい」



「大切な人との関係を見直そう」



「大切な人と過ごす時間を大事にしよう」



など何かのキッカケになってくれれば良いなと
強く思ったからです。



どれだけの人の心に響くはわかりませんが、
1人でも多くの方に届くと信じて、
これからも書き続けます。



さて前置きが長くなりましたが、
今回はなぜ僕のプロフィールなどが
カエルのぬいぐるみなのかということ。


興味がない方もいらっしゃると思いますが、
今日はこのカエルについてのエピソードを書きます。


母は生前、ぬいぐるみが大好きでした。
その中でも特にカエルが好きでした。


母が可愛がっていた
カエルのぬいぐるみがこちらです。


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一番大きい黄緑のカエルが
母の一番のお気に入りでした。


母が元気で家で暮らしていた時は
母はいつもこのカエルと一緒に寝ていました。


そして母が入院した時に
僕はただ単純に、深い意味もなく、
母が喜んでくれればという思いで、


このカエルのぬいぐるみを
病室に持っていきました。


すると母はとても喜んでくれました。


そして次の瞬間、
母は涙を堪えるように


「無事カエル(帰る)って意味だね^^」
そういうと嬉しそうに
そのカエルのぬいぐるみを
抱きしめました。


あの時の母の顔と声は
今でも頭の中に残っています。


そしてその後、母が亡くってすぐ
僕は運命的?な不思議な体験をしました。


母が亡くなり、葬儀などひと段落したある日
僕は自転車で20分ぐらいのショッピングモールに行きました。


僕の記憶ではショッピングモール内にある
ノジマ電気に洗濯機の「くず取りネット」を
購入しに行ったのだと思います。


母が亡くなって
僕は軽い引きこもりになり、
体がなまっていたので、
いつもならエスカレーターを使うのですが、その日は階段を使い、
6階のノジマ電気を目指しました。



すると5階に着いた時、
階段の横に雑貨屋さんがありました。


僕は雑貨屋さんには興味がないので、
普段なら見向きもせず素通りするはずなのに
この日はなぜか雑貨屋さんに足を踏み入れました。


そして商品棚に目をやると僕は
ドキッとして心臓が止まったような感覚になりました。


IMG_0042 (2)



そこにはなんとカエルのぬいぐるみが販売されていたのです。
しかも母の体形に似たまん丸とした太ったカエルが・・。


僕は涙がこぼれないように
店内で必死に堪えました。


「母に似た体形のカエルのぬいぐるみ」


「母が大好きだったカエルのぬいぐるみ」


僕は「これは母の生まれ変わりだ!」と
都合の良い解釈をしてすぐにレジに向かいました。


「あの時エスカレーターで6階に行っていたら
この雑貨屋さんには気づかなかった」


「あの時階段で行ったからここに辿り着いた。」


偶然だったのかもしれません。


でも僕は信じたい。


生まれ変わった母が
僕を呼んでくれたのだと・・。


ちなみに僕は今年でまもなく30歳になります。
しかし恥ずかしながら未だに
このカエルのぬいぐるみを可愛がっています^^


IMG_20170720_220045


馬鹿で気持ち悪いと思われると思いますが、
母の生まれ変わりだと信じています。


また写真上げるかもしれませんが
その時はお許しください^^;


では今日はこの辺で^^


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