20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

僕は21で母を、29で父を共に癌で亡くしました。 僕の経験や想いを書きます。 このブログが一人でも多くの方の心に届いて 心の宿り木のような存在になってくれると嬉しいです。

感謝

両親を癌で亡くした僕が経験した出来事を書きます。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

生きているうちにどうしても母に伝えたかったこと

母が緊急入院、緊急入院をして
余命3ヶ月を宣告されたあの日から



僕には母が亡くなるまでに
『絶対に伝えたい事』が
ひとつだけあった。


でもそれは母が亡くなる直前になったら
言おうと心に決めていた。


その伝えたい事とは










『はつみの子供で幸せだよ』










という言葉。





この言葉だけは
どうしても伝えたかった。




母が生きているうちに
母に感謝の思いを伝えたい。



ただの自己満足かもしれないけれど
これだけは伝えたいと思っていた。



そして母が亡くなる2日前。
僕は母との残りの時間を考えて
この事を伝えることにした。



この時の光景も鮮明に覚えている。


この日僕は病室に着くと


嬉しそうに母が



「昨日教えてくれた好きな子とは昨日も連絡したのか?」



と聞いてきた。


余程、初めて息子の口から
好きな異性の事を聞けたのが嬉しかったのだろう


母はニコニコしていた。



僕は照れくさく


「うん」


とだけ答えた。



しかしこの日の僕はもう
母に感謝の思いを伝える事しか
頭に無かった。



そして僕は唐突に立ち上がり
母が寝ているベットの両サイドについている
手すりを握り、母の顔を見て
いきなり号泣した。


いきなり泣き始めた僕を見て
母は



「どうした?」


と心配そうに
声をかけてくれた。



僕は泣きながら
深呼吸をして



「はつみ…おれ…」



母の顔を見て
涙が止まらない。


いざ感謝の思いを伝えようとしたら
様々な感情に襲われ、
言葉が出てこない。


ついにこの言葉を
言わなければいけない時が来てしまった。


でも生きているうちに言わなければ
絶対に後悔する。


そんなことを考えながら
しゃくり泣きをして


「はつみ…おれ…はつみと信幸の子供で…し、幸せだよ」


なんとか言い切れたものの
目を瞑って、声を出し
震えながら泣いた。



すると母が
ニコッと笑い


「ありがとう そう言ってもらえて母ちゃんも幸せだよ^^」



僕は母のその言葉を聞いて
さらに声を出し泣いた。



言えて良かった。



母の口から幸せと言ってもらえて嬉しかった。



これを伝える、イコール自分の中で
『最期』と位置付けていたので


うまく表現できないけれど



『これで母とお別れ』



というような感覚だった。






ただ当時も心の底では思っていたけれど
心を込めて『両親の子供で幸せ』と言えたものの


僕の言葉には『中身が無かった』


どこかモヤモヤした気持ちがあった。



でもそれは当然だった。


なにしろ突然一ヶ月前に突き付けられた


『母との残りの時間があとわずかしかない』


という現実に対し
流されるままに過ごし



これまで21年間しか
母と過ごしてこなかったから


この時の僕は
今まで過ごしてきた人生で
母に対して
心から感謝できていなかった
と自覚していた。



もっと言えば
言葉が正しいかはわからないが


母との残りの時間が少ないからと
慌てて感謝の思いを告げたような感覚だった。


この後、母を失ったことで
初めて、そして少しずつ
母の偉大さがわかってきて


ようやく本当の意味で
母に対する感謝の思いが芽生えてきたと
感じるからこそ



当時21歳だった自分の言葉には
中身が無かったように思えてならない。


でも生きているうちに
母に直接言えた事と
母の口から「幸せ」という言葉を聞けたことが


僕にとって
大きな財産でもあり
大切な宝物となった。



生きているうちに伝えられて
本当に良かったと心の底から思える。



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【番外編】今年1年を振り返って

今年は人生で一番早く
1年があっという間に過ぎた
と感じた年だった。


2月に父を亡くし
10月に祖母を亡くした。


こんなに簡単に1年前の出来事を
鮮明に思い出せるのは初めてかもしれない。


兄に今年は人生で一番、1年が早く感じたと話したら
「今年はバタバタしていたからそう感じるのだよ。
 おれも早く感じた1年だった。」


と言われ納得していた。でもその一方で


(父が亡くなったのは2月だからな~)


(亡くなったのが秋とかだったらわかるのだけどな~)


と腑に落ちない部分もあった。


それを職場の人に話したら
「それだけ充実していたってことじゃない?」
と言われ、腑に落ちた。


いずれ父の事も書くけれど
母の時とは違い、
父とは1年という
たくさんの残りの時間をもらえたので
凄く大切に、大事に過ごすことができた。


なんというか
「しっかりと送り出せた」と
実感できている部分があるので
亡くなってからも前向きに過ごせていた。


だから毎日毎日充実した日を過ごせたから
今年1年が早く感じたのかもしれない。


父と母を亡くした事で
僕は自分の残り時間、
人生を強く意識するようになった。


あと何年生きれるか、わからない。
あと何年健康で過ごせるか、わからない。


自分が病に侵され、余命を告げられた時
「もう十分^^人生を満喫できたら思い残すことはない^^」
と自分の人生に悔いがないと
自分の死をすんなりと受け入れられるような
人生を過ごしたい。


そんなことを意識しながら
今年1年過ごしてきた。


仕事で落ち込んだり、誰かに腹を立てた時など


(こんな事に時間を取られているのはもったいない!)


(いかん!怒りの感情に支配されている)


などと考えるようにしたから
充実していたのかなと思う。



またこのブログを書き始めて
文字にすることで自分の過去としっかり向き合えてきている。


書くことで自分の気持ちを
整理できてきているのがわかる。


嬉しいもので、ブログを通して励ましのコメントを頂けたり
誰かに必要とされていると強く実感できています。


これはひとえに
皆さんのおかげです^


今年はお世話になりました。
来年もよろしくお願いします。
それではみなさん良いお年を^^




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ゆうじ

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