20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

タグ:家族

2016年2月2日火曜日。この日は母の7回目の命日。僕は母の墓参りに行った。僕はこの3、4年ぐらい前から母の墓参りに行くと母にいつも同じお願いをしていた。(信ちゃんと洋ちゃん、家族全員がこれからも健康でいれますように)と。命日だけではなくお正月やお盆の節目 …
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僕が生まれる前だったり物心つく前は父は度々、出張に行っていたらしいが僕が物心ついてからは兄と僕が修学旅行に行った時や兄が仕事で帰りが遅くなった時以外は基本的に夜は毎日、家族全員顔を揃えた。それが我が家の日常であり普通の光景だった。しかし母が居なくなったこ …
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大学4年の6月にスーパーを経営する会社から早々に内定をもらった僕はそこで就職活動を一旦終わらせた。内定先があるというだけで父も兄もそして周りの人もとりあえずは安心してくれたので特に問題は無かった。この当時の僕は就職活動を舐め切っていた。というか「就職する …
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家族と野球があったからこそ

僕は野球が大好きだ。1995年母が当時オリックスにいたイチローのファンとなり我が家はあっという間に野球好きな家族になった。翌年の1996年の3月20日、東京ドームで行われた巨人対オリックス戦を家族全員で見に行った。これが家族全員初めて生でプロ野球の試合を見に行った日 …
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はつみが生きた証を残したくて洗濯物の干すタイミングお風呂を入れる時間母と同じタイミングや方法を取る事で母を感じられて僕の心の中にいつも母がいた。そして僕にはもうひとつ母が亡くなってから母の真似をしてある習慣を変えた。それは父と兄の呼び方だ。このブログでも …
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母ちゃんがゆうじを守るから

前日、母がリラックスできるようとAIさんのStoryが入ったMDを渡した僕。翌日いつものように病院に行くと母は嬉しそうに僕を迎えてくれた。「ゆうじのおかげで昨日はよく眠れたよ^^」僕はとてもうれしかった。母が少しでも苦しみから解放され楽しい!と思えてもらえたことに。 …
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次の朝になっても(次に眠ったら…そのままかもしれません…)という言葉が頭から離れない。考えれば考えるほど不安と恐怖で涙が止まらない。母が死ぬのを認めてしまった僕。負けを認めた僕が願う事はただ一つ。「もうこれ以上はつみには苦しまないでほしい…」「死ぬのなら、 …
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告知を受け、ショックを受け計り知れない恐怖と戦う母。一方、ようやく自分の過ちに気づいた僕。かける言葉は見つからないが、母の病室へと戻った僕。僕も気が動転していたのでこの時、母とどんな会話をしたか覚えていない。ただ覚えているのは半日、ほとんど会話は無く、母 …
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目が覚めると悪夢の前日から次の日の朝になっていた。涙のせいで枕が湿っていてなんだか気持ち悪かった。僕はベットの上でこれからのことを自分なりに色々と考えた。母が入院している病院は家から自転車で10分以内の所にある。面会の時間までまだ時間はたくさんある。そこで …
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