母の告別式
納骨など
一通りのことが終わった。


父と兄も忌引きが終わり
また仕事の生活が始まった。


僕はというと
母が亡くなったのは2月。
大学は4月まで無い。


昨年の12月から始まった
母の異変、癌発見、
余命宣告、闘病生活
永眠


怒涛の2ヶ月間が
終わったものの


毎日全身全霊で
母に寄り添っていたからこそ
その反動は大きかった。


この約2か月間は
「母中心の生活」
だった。


しかしその生活スタイルから
強制的に解放された僕は


母を失った悲しみと
母がいないこの環境を
受け入れられず、向き合えず
激しい喪失感に襲われた。



この前までは
母が入院している病院に行くのが日課で
その合間を縫って
家事やアルバイトや大学生活を
送っていた。



しかし病院に行く必要が無い
病院に行っても母はいない。


かといって母は
家にもいない。



自由に使える時間がありすぎた分
僕を反対に苦しめた。



仏壇の前に座り
母の遺影を見てずっと泣いている



僕の生活に
母がいない。




この当時、ある人が僕を気遣って



「今はバタバタしていると思うけれど、早く日常の生活に戻れると良いね」



と励ましてくれた。




もちろんその言葉は嬉しかったし
その人が本当に僕の事を心配してくれているのも
十分に伝わったけれど




僕は心の中で




(日常になんて戻れない)



と思っていた。



だって僕のそれまでの
「日常」に戻るには
母がいてこそ
成り立つものだったから。



母が居なくなったこれからは
決して「日常に戻る」ではない。



「母のいない新たな生活」
をスタートさせるに過ぎない。

それこそが
これからの日常になるわけだから。



そう考える一方
僕は母の遺影を見ながら





「もう二度と母の声が聞けない」




「もう二度と母と暮らせない」



「もう二度と母と会話ができない」



それまで当たり前だった事が
もう二度とできない事に




強い悲しみ、
激しい恐怖に襲われ
ひたすら泣いた。



事あるごとに
母の仏壇の前に座り
何度も何度も
泣いた。



こうして僕の
「新生活」は
少しずつ動き始めた。



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