母が1か月半ぶりに我が家に帰って来た。
しかし冷たくなった状態で。


冷たくなった状態の母が寝ているのは
1階のリビングの隣の和室。


リビングで父と兄が居て
僕はその間ずっと冷たくなった母のそばに居た。


ただただ母のそばに居たかった。
母のそばから離れたくなかった。


いつもなら母が寝ていたら
こんなに部屋を明るくしていない。


もっといえばこの部屋での
母の寝顔を見た事が無い。


渦を巻いた線香から
独特の匂いがする。





今回の腹痛と入院は
母の事を大事にしてこなかった僕に対しての
神様からの警告で


母は大きな病気でなく
また元気な状態で
この家に帰って来て
この部屋で前と同じように
一日の疲れを取るために寝てほしかった。


もはや今この目の前の光景は
僕が望んだ
光景ではない。



【もう本当に全てが終わってしまった】


その喪失感と母に対しての恋しい気持ちが
交差して母の顔を見ているだけで
涙が止まらなかった。


襖の向こうには父と兄が居る。
鼻を摘まみながら隣の部屋に
鳴き声が漏れないようにと
必死に我慢した。



父から
「明後日には母ちゃんは火葬してしまう」
と聞かされていた僕は



何度も何度も
泣きながら母の顔を触った。



あの何とも表現しがたい
また経験した事のない
「冷たさ」「感触」は手だけではなく
心の奥底にまで


もっといえば
今でも忘れられないほど
脳を含めた全身に残っている。


それでも僕は何度も何度も
母に触った。


その「冷たさ」「感触」が
僕の心の奥底まで震わせた


とてつもない恐怖に襲われ
母の顔に数滴、
涙をこぼしてしまった。


僕は母の顔に垂らしてしまった
涙を拭きながら



「何だよ…涙を落としても生き返らないじゃないか…」



もちろんこんなのは空想の世界の話だと
わかっていたけれど


藁にも縋る思いというか
そんなことまで考えてしまうほど
この現実を受け止めきれなかった。


この現実が
「夢」であってほしいと
真剣に思ってしまった。



そして僕は
母のおでこにキスをした。


「はつみ何でだよ…いつもなら"気持ち悪い"って嫌がるじゃん…」



「起きてよ…はつみ…」



「こんな形で帰ってくるの嫌だよ俺…」



「せっかくはつみの大事さがわかったのに…」



すると唐突に襖があいた。


振り返ると
相手は父だった。


僕が母の部屋にこもる前
父は缶ビールを数本飲んでいた。


いつもなら酔っているのに
この時は酔っていなかった。


というか今にして思えば
酔えなかったのだと思う。


僕は泣いているのを隠そうと
無言になったものの
泣いた後がバレバレだったのだと思う。



父は



「母ちゃんが家で過ごせるのは今日が最後だ。必ず今ここにいるから好きなだけ母ちゃんの前で泣いてあげな」


というと襖を閉めた。


僕は父のその言葉を聞いて
顔をくしゃくしゃにして
泣きながら



「うん…」


と答えた。


そしてまた
母の前で泣いた。


闘病記ランキング
↑↑ ポチっとそれぞれクリックお願いします