20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

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夜勤の飲食店勤務から日勤のホテル業に転職した事で僕の生活は一変した。飲食店の頃は夜勤明けの休みだと日中寝て20時や21時に起きる。起きて父が用意してくれた晩御飯を食べ酔っぱらった父と少し話すものの父はすぐ寝てしまう。そして父と兄が寝ている夜中に僕は1人起 …
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新卒でこの会社に勤めて早くも4年が過ぎた。入社前に心に決めていた3年間続けるという目標をクリアして3年目を過ぎた事からずっと転職したいと考えていたものの次にやりたい事、自分に合っている仕事が見つけられず、ずっと行動に移せずにいた。僕はずっと転職するなら「 …
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築25年の我が家は父の独断で屋根と外壁とお風呂のリフォームを行った。僕と兄は家のメンテナンスなどに対して興味がないというか関心が無かった。というか父に任せっきりであったし父が考えた事なら僕は間違いないと思っていた。父の口からリフォームを行うことにしたと聞 …
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就職して3年半が立った2013年11月。勤務先の店舗が改装することとなり約一ヶ月休業となった。その間、人が不足している店舗にヘルプで働く事となった。僕は元々就職した時からこの会社で長く働こうとは思っていなかった。もちろん卒業ギリギリで採用してくれたこの会 …
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就職して約2年半が過ぎた頃僕はようやくこの仕事に慣れて来た。調理がなかなかうまくできなかったが異動した3店舗目で事実上の夜の責任者を任されたことで嫌でも調理をしなければならない環境になった。僕は臆病者でなかなか一歩目が踏み出せないタイプ。自己評価が低いの …
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東日本大震災が起きた日、僕は休みだった。明くる日、電車は動いていたものの5つ先の駅から終点までの折り返し運転のみ行っていた。当日の早朝ようやく店舗に電話がつながり昼の12時から来るように言われた。僕は自転車でその駅まで行くことにした。しかし僕は方向音痴。 …
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社会人生活もスタートして半年ぐらいが過ぎた頃だろうか店長が替わった。ただまだ半年、徐々にではあるが好きな接客ができるホール業務は視野が広がり少しづつ手応えを感じ始めてはきたがまだ調理の方は全くと言って良いほどできなかった。もっとも調理が最低限できるように …
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2010年4月1日。僕はこの日、晴れて社会人としての第一歩を踏み出した。内定をもらってからこの4月1日までにアルバイトとしてすでに数回配属先の店舗で働いていた。接客は好きだが人生初めての飲食業。緊張しやすい性格、覚えることが多すぎて頭がパンク。自分ではミ …
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僕が生まれる前だったり物心つく前は父は度々、出張に行っていたらしいが僕が物心ついてからは兄と僕が修学旅行に行った時や兄が仕事で帰りが遅くなった時以外は基本的に夜は毎日、家族全員顔を揃えた。それが我が家の日常であり普通の光景だった。しかし母が居なくなったこ …
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望みをかけた最後の一社の面接に臨んだものの自分の力を出せず落ちたと思った。亡くなる母との約束を自分の愚かな考えのせいで果たせず母の仏壇の前で泣いていると携帯電話が鳴った。番号は企業と僕の間を取り持ってくれた会社の人からだった。今でも覚えているのが僕はこの …
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