20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

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2010年4月1日。僕はこの日、晴れて社会人としての第一歩を踏み出した。内定をもらってからこの4月1日までにアルバイトとしてすでに数回配属先の店舗で働いていた。接客は好きだが人生初めての飲食業。緊張しやすい性格、覚えることが多すぎて頭がパンク。自分ではミ …
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僕が生まれる前だったり物心つく前は父は度々、出張に行っていたらしいが僕が物心ついてからは兄と僕が修学旅行に行った時や兄が仕事で帰りが遅くなった時以外は基本的に夜は毎日、家族全員顔を揃えた。それが我が家の日常であり普通の光景だった。しかし母が居なくなったこ …
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望みをかけた最後の一社の面接に臨んだものの自分の力を出せず落ちたと思った。亡くなる母との約束を自分の愚かな考えのせいで果たせず母の仏壇の前で泣いていると携帯電話が鳴った。番号は企業と僕の間を取り持ってくれた会社の人からだった。今でも覚えているのが僕はこの …
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僕にとっての永遠のヒーロー

僕の心の支えとなってくれたプロ野球選手。その1人は涌井秀章選手だ。年齢では涌井選手が僕の一つ上だ。僕は中学生の頃ずっと西武の松坂選手の大ファンだった。松坂選手の母校は横浜高校。その影響でプロ野球は西武、高校野球は横浜高校のファンだった。僕は春と夏の甲子園が …
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父の言葉につい取り乱してしまい洗濯物を持って勢いのまま2階へと駆け上がった僕。洗濯物を干す部屋で怒りに震える僕。しかし次の瞬間声を出して泣き始めた。父に取った先程の自分の言動を後悔して涙が止まらなかった。(なんであんな態度を取ってしまったんだ…)(はつみが …
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僕は涙もろく家族が大好きだ。僕は怒ると無口になる。口論するのが嫌いだし相手を傷つけたくないし何より自分の心が傷つくのが怖いから。僕は昔から家族と喧嘩をした時は少し口論になるとすぐに無言になりその場を離れブツブツ言いながら自分の部屋に逃げていた。喧嘩をして …
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はつみが生きた証を残したくて洗濯物の干すタイミングお風呂を入れる時間母と同じタイミングや方法を取る事で母を感じられて僕の心の中にいつも母がいた。そして僕にはもうひとつ母が亡くなってから母の真似をしてある習慣を変えた。それは父と兄の呼び方だ。このブログでも …
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母が亡くなって男3人での新しい生活が少しずつ、そして確実にスタートし始めた。父と兄は仕事。兄は土休日も仕事があるので家族3人休みはほとんどない。父が食事を担当してくれた。朝はご飯と味噌汁と魚が準備してあり僕はレンジでチンするだけで良かった。そして仕事から帰 …
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母が1か月半ぶりに我が家に帰って来た。しかし冷たくなった状態で。冷たくなった状態の母が寝ているのは1階のリビングの隣の和室。リビングで父と兄が居て僕はその間ずっと冷たくなった母のそばに居た。ただただ母のそばに居たかった。母のそばから離れたくなかった。いつも …
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家族では僕だけが母の最期を看取った母には2回死亡時刻がある。僕が看取った午前8時42分。この時先生は父が来るまで死亡時刻を待ちますと僕に告げた。なので2009年2月2日午前9時11分が母の正式な死亡時刻となった。父が来るまで約30分の間、母が息を引き取っ …
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