20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

カテゴリ:

就職が決まり母が亡くなって1年の月日が過ぎた頃僕は家の中の整理をした。就職してしまうとこうした時間が取れないと思ったし就職する前に少し家の中の不要な物を処分したかったから。男3人暮らしだったにもかかわらず父が綺麗好きな人だったのもありきちんと物は整理され …
続きを読む

年が明けた2010年1月。一次試験に合格した僕はこの日、最終面接に臨んだ。(今日で今後の人生が決まる)前年の就職活動を始めて早々に内定をもらった時とは違う感覚。僕は就活用のスーツに着替え家を出る前、母の遺影に向かって「はつみ、約束果たせるように頑張って来る …
続きを読む

大学4年の6月にスーパーを経営する会社から早々に内定をもらった僕はそこで就職活動を一旦終わらせた。内定先があるというだけで父も兄もそして周りの人もとりあえずは安心してくれたので特に問題は無かった。この当時の僕は就職活動を舐め切っていた。というか「就職する …
続きを読む

2009年11月9日。この日は母が亡くなって初めて迎えた僕の誕生日であった。僕はこの日、免許の更新に行くことにしていた。免許を所得して初めての免許更新。勝手もわからず気疲れもして帰って来てしばらくリビングでグターっとした。そして夕方になり2人が帰ってくる …
続きを読む
母が子を想う気持ちは

僕が15年間応援し続けている涌井選手。その応援する気持ちは15年立っても変わらない。その理由はもちろん怪我に強く同じ野球経験者としてプレースタイルに惚れたから。そしてもう一つ僕が涌井選手を応援し続けるには理由がある。それは涌井選手が西武ライオンズに入団し …
続きを読む
僕にとっての永遠のヒーロー

僕の心の支えとなってくれたプロ野球選手。その1人は涌井秀章選手だ。年齢では涌井選手が僕の一つ上だ。僕は中学生の頃ずっと西武の松坂選手の大ファンだった。松坂選手の母校は横浜高校。その影響でプロ野球は西武、高校野球は横浜高校のファンだった。僕は春と夏の甲子園が …
続きを読む
家族と野球があったからこそ

僕は野球が大好きだ。1995年母が当時オリックスにいたイチローのファンとなり我が家はあっという間に野球好きな家族になった。翌年の1996年の3月20日、東京ドームで行われた巨人対オリックス戦を家族全員で見に行った。これが家族全員初めて生でプロ野球の試合を見に行った日 …
続きを読む

男3人の新たな生活が始まって約2ヶ月ぐらい立った。そんなある日、僕はある事で母のありがたみが身に染みて涙が出た。母は専業主婦で心配性な性格だった。そんな母の性格を表しているのが日用品のストックの多さ。我が家にはティッシュやトイレットペーパーなどが常に豊富に …
続きを読む

はつみが生きた証を残したくて洗濯物の干すタイミングお風呂を入れる時間母と同じタイミングや方法を取る事で母を感じられて僕の心の中にいつも母がいた。そして僕にはもうひとつ母が亡くなってから母の真似をしてある習慣を変えた。それは父と兄の呼び方だ。このブログでも …
続きを読む

母が亡くなって男3人での新しい生活が少しずつ、そして確実にスタートし始めた。父と兄は仕事。兄は土休日も仕事があるので家族3人休みはほとんどない。父が食事を担当してくれた。朝はご飯と味噌汁と魚が準備してあり僕はレンジでチンするだけで良かった。そして仕事から帰 …
続きを読む