僕は涙もろく
家族が大好きだ。


僕は怒ると
無口になる。


口論するのが嫌いだし
相手を傷つけたくないし
何より自分の心が傷つくのが怖いから。


僕は昔から家族と喧嘩をした時は
少し口論になると
すぐに無言になり
その場を離れ
ブツブツ言いながら
自分の部屋に逃げていた。


喧嘩をしても
時間が解決してくれるので
翌日になれば
元通り。


お互いに根に持ったりしないので
本当に良い環境だった。


僕は今回の母の入院から
亡くなるまでの間に
たくさん感情を爆発させ
たくさん泣いたけれど


決して情緒不安定
ではなかった。


目の前の事に
常に全身全霊で
向き合った。



悲しい事



辛い光景



受け入れられない現実



向き合えない現実



目を背けたい出来事



常に目の前で起きていることに対して
感じたままに、自分の感情に正直なまま
過ごしてきた。



悲しかったり
辛かったりして
パニックになって
たくさん泣いてけれど


決してパニックになって
怒りの感情を爆発させたことは
なかった。


前回の兄に苦言を言われた時も
普通に口喧嘩をした時のような
感覚だった。



しかしある晩の事。
僕は些細な事で
父に対して
怒りの感情を爆発をさせ
その後、号泣してしまった。


おそらく僕の30年の人生の中で
怒るつもりが無いのに
怒ってしまったのも


1人でいる時に声を荒げたことはあったが
相手に対して声を荒げて怒って
激しく取り乱したのも
これが未だに最初で最後だったと思う。


それほどまでに
今も印象に残っている。



ある晩の事。


今日も父が仕事から帰って来て
すぐに僕の夕食を作ってくれた。


出来立てのご飯を僕が食べている間に
父はお風呂に入った。


父がお風呂から出ると
僕は洗濯機を回した。


僕はご飯を食べ終わり
少しリビングのソファーで
休憩をしていた。


お風呂から出た父は
リビングでテレビを見ながら
1人で晩酌をし始めた。



父はビールが大好きだった。
しかし父いわく
ビールではなく発泡酒。


母が生前の頃は
350㍑の缶を2本だけ
飲んで良いと
決まっていたが

母が居なくなったことで
今は止める人がいない為
350㍑の缶2本+500㍑の缶を1本追加の
計3本飲むようになっていた。


父はハイペースで飲むため
すぐに酔う。


普段寡黙であまりしゃべらないのに
酔うとおしゃべりになる。


同じ事を何度も言ったりする。
我が家では酔った父のそれを
「演説」と言っていた。


僕は父の「演説」を聞くのが
めんどくさかったのもあり
隣の和室に逃げ込んだ。



そして新たな生活スタイルが始まった中で
僕の新たな日課となりつつあった
父のYシャツの
アイロンがけをし始めた。


今まではこれも母がやっていた。
母が元気な頃にアイロンがけの
やり方を教えてもらっていた。



母が家族の為にやってくれていた事は
‘自分ができることはやろう”
と決めていた僕は
下手くそなりにやっていた。


父はタバコをたくさん吸うため
タバコ嫌いの僕は
和室の襖を閉め
アイロンがけをしていた。


そしてYシャツのアイロンがけをし始めると
襖の向こうから、椅子を引く音が聞こえた。



僕は心の中で


(こっちに来るなよ~?)


と心の中で唱えながら
ビクビクしながら
アイロンをかけていた。


すると襖の向こう側から
冷蔵庫が開く音がした。


どうやらおかわりの
缶ビールを取りに行っただけのようだ。


胸を撫でおろした僕。


しかしまだ油断はできない。


すると足音がだんだん
近づいて来て…


次の瞬間、
襖が開いた。



ドキッとする僕。



少し父を睨みながら



「何?」




と聞くと
父は嬉しそうな顔で



「お!ゆうじくんありがとう」



父は酔っぱらって
上機嫌になると
僕の事を



くん付けで
呼んでくる。


僕が自分の為に下手くそなりにも
アイロンをかけている事が嬉しかったようで


本当にニコニコしていた。



そして父は何気なく


「ゆうじくん襟の所にいつもシワができているから、必ず裏側からかけるようにね^^」


とアドバイスをしてきた。
この当時も父の真意は
きちんと伝わっていた。


決して



もっと上手にやってくれ



とか




下手くそ




という意味ではなく



僕の行っている事に対して
きちんと感謝してくれているのは
十分伝わっていたし





もっとこうすれば
綺麗になるからお願いね



という意味で言っていたのに



この時の僕は
父の言葉で
完全に取り乱した。




何で自分がこんなことやらなければいけないんだ





はつみがいればこんなことしなくて良いのに



そんな風に考えてしまっていた。


母が居なくなった事で
必要以上に自分が母の代わりに
頑張ればいけないと
考えすぎていた。



そして僕は父に対してつい




「おれだって頑張っているんだよ!!」




と大きな声を出してしまった。




「もう良い!!!!!」




そう言うと僕は
和室から脱衣所に行き
洗濯機から洗濯物を
怒りのままカゴに入れて
大きな足音を立てながら
階段を上って2階へと向かった。





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