あれが母との最期の会話になったとは
この時の僕は知る由もなかった。


兄は病院に残り、
先に帰った僕はお風呂を沸かした。
父は夕飯の準備をしていた。


お風呂が沸き1番風呂に入った。


いつもなら兄が
母と何を話しているのか気にならなかったが


この時は湯船に浸かりながら



ただ純粋に兄と母の会話の内容が
とても気になった。


そんなことを考えていると
門の開く音が聞こえ
玄関のドアが閉まった振動が伝わった。


兄が帰って来た。


兄は手洗いうがいをしに
脱衣室にやって来た。


湯船に浸かっている僕。
扉越しに兄の姿がボヤけて見える。



「おかえり」



「ただいま」



「ねえ母ちゃんと何を話したの?」



僕は唐突に兄に問いかけた。



すると兄は扉越しに



「今日はおまえの様子が最初おかしかったと心配していたよ」



「あ~ちょっと朝、父ちゃんを怒らせちゃってね…」



僕がそう答えて
一旦会話が終わったと思ったら


「今湯船?」


と聞いてきたので


「うん」


と答えると



兄がいきなり
浴室の扉を開けてきた。


僕は普段眼鏡をかけているため
お風呂に入る時は当然メガネを外している。


兄の顔がボヤけて
全然見えなかった。



「母ちゃんね、入院してから『ゆうじが心配』『ゆうじが心配』ってずっと言っていたよ」



「え?」



あまりにも突然で
思いがけない事を
兄から言われ、


僕は兄の言葉を理解するのに
少し時間がかかった。


そして兄は



「今日も帰る時、ゆうじが心配。だからゆうじの事頼むね、って言っていた。」




とさらに僕に語り掛け
兄は扉を閉め、
脱衣室から出て行った。



あっけにとられていた僕は
ようやく兄から言われた言葉に目を向けた。



僕の知らない所で
「ゆうじが心配」と
母が心配をしていてくれたこと



もちろん母が僕の事を
心配してくれていたのは
言葉にしなくても
母から伝わって来ていたけれど


入院した時から
ずっと僕のことを
心配していたという事実を知り


兄から聞かされた母の想いを聞いて
僕は改めて母が
僕の事を考えてくれていた事に
感情が爆発して
声を出しながら泣いた。


そして考えてみれば
母が入院してから、より兄が
僕にコミュニケーションを取ってくれたり
気を紛らわせてくれたりした事がわかり
兄に対しても感謝の思いが芽生え涙が溢れた。



僕は父にも兄にも
そして何より母にも
たくさんの心配をかけたり
たくさん気を遣わせてしまっていたのだと
自分に腹が立った。


父と兄には
母の事だけを考えてあげる事に
時間を使わせてあげたかった。


そして母には自分の体の事、
残りの時間を考える事に
目を向けさせる事が
僕にはできなかった。


現に僕は父と兄の事を心配などしてこなかった。
入院してからずっと母の事だけを考えてきた。


結局僕は皆に
余計な心配をかけてばかりだった。




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