20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。
僕の経験や想いを書いています。
死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか
たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。

身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

言葉は無かったけれど
僕の事を許してくれた父。



仲直りした僕らは
それから穏やかな時間を過ごせた。



母は寝たきりになっていたけれど
体調は悪い感じはなく
父と仲直りしてから
兄が来るまでの間
3人で何を話したかは覚えていないけれど
本当に穏やかな時間を過ごせていたのだけは
はっきりと覚えている。



そしてついに僕と母の
『最期の会話』の時を迎える…。



忘れもしない。



時刻は面会終了間際の
20時頃。



仕事を終えた兄が
病室に来た。



母が入院してから
この日まで



僕ら家族は毎日
面会時間終了の20時で
病院を後にしていた。




余命を告知されたあの日







母が「今日はそばにいてほしいな」と
僕に懇願したあの日も


僕らは必ず20時で
病院を後にしていた。


滅多には無かったけれど
この日のように
父も兄も仕事が終わって
20時ギリギリに病院に来たとしても
必ず20時には病院を後にしていた。



僕はてっきりこの日も
兄は15分だけお見舞いに来て
僕らと一緒に帰ると思っていた。



しかしこの日は違った。



兄は僕らに



「おれはまだいるから先に帰っていいよ」



と告げた。



きっと兄も覚悟していたのだろう。
母と過ごせる時間があとわずかであることを…。



僕と父は兄の言葉を聞いて
帰る準備を始めた。



そしていよいよ
帰る準備ができた。



父と母の会話が終わる。



僕の番が来た。




僕が「じゃあ帰るね」と言うと




母はまた泣きそうな声で




「明日も来てくれる?」
と聞いてきた。




僕は「当たり前だろ^^」




と笑顔で返した。




そしていよいよ



母の口から聞いた
最期の言葉。










母「ほなまた^^」






僕「ほなまた明日^^」






これが僕と母の
最期の会話となった。


この時の僕はこれが
母との最期の会話になるとは
知る由も無かった。






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コメント

 コメント一覧 (10)

    • 1. コウ
    • 2018年03月27日 18:32
    • 死期を悟る・・・。
      覚悟しておいてと言われてもすぐすぐ覚悟出来るものじゃないし、そう簡単に受け入れられるようなものじゃないですよね。
      それは本人も家族も同じだと思います。
      お母様の帰らないでという気持ちが凄く伝わってきました。
      そしてご家族の方の気持ちも伝わってきました。

      いきなり死別すると本当に何も分からなくなります。
      電話で聞いた時に出た第一声が「嘘だろ?」しか出なかったし・・・。

      駆けつけてる時も対面した時も、通夜告別式でも一切泣けませんでした。
      泣きたくても泣けず、信じられないというか現実を受け入れられず・・・。
      通夜の後の丑三つ時に不思議な体験もしましたが、でも・・・どこか冷めていました。悲しいのに・・・です。
      そのせいで参列者から薄情者扱いを受けました。
      本人の中では、後悔やらショックやらいろんなものがぐちゃぐちゃにぐるぐるまわってました。
      突き付けられた現実に困惑してたのかも知れません。
      僕なんかと一緒にしてはいけないことは重々承知しております。
      前回の記事と今回の記事で色々思い出してしまい、ひょっとしたら僕と同じ気持ちもあったんじゃないかと思って長々と駄文を書いてしまいました。本当に申し訳ありません。
    • 2. yuuji16
    • 2018年03月27日 21:23
    • コウさんまたコメント頂けて嬉しいです^^
      そうですよね僕も母が入院したあの日先生の口から突然告げられた余命と「覚悟決めてください」という言葉を言われ、何度も母の容体が悪くなり覚悟をしなければいけないとわかっていても、受け入れられないのか、受け入れたくないのか何とも言えない心境のまま月日だけが過ぎていくような感じでした。

      僕の場合は母と父共に亡くなる何日か前からある程度の覚悟は持っていたので、いきなり死別するという経験がないので今回のコウさんのコメントを拝見して凄く考えさせられました。もし僕も大事な人が突然亡くなったらコウさんと全く同じ心境になると思います。

      決して通夜、告別式で泣くことや悲しむことが善で、泣かない事が悪ではないと強く思います。亡くなったショックや受け入れられない気持ちやパニック状態で実感が沸かなかったりしてその時には感情が表せないのではないのかなと思います。

      今回のコウさんがおっしゃっていることは凄く良くわかります。それと同時に周りの人から薄情者扱いされたことに凄く胸が痛みます。故人との別れの気持ちの整理にかかる時間は人それぞれだと思います。

      僕も覚悟していたとはいえ母が亡くなる直前の連絡が来た時はパニック状態になりました。

      もし差し支えなければ「通夜の後の丑三つ時に不思議な体験」というのを教えて頂けないでしょうか?僕も母が亡くなった後、何個か不思議な体験をしたので凄く気になります。



    • 3. コウ
    • 2018年03月27日 22:13
    • コメントのお返事ありがとうございます。
      あんなまとまりのない文面に対してお返事いただけて嬉しかったです。
      いくら覚悟があったとしてもご両親との死別は想像を絶するものだと思います。
      それも20代での死別は計り知れないショックがあったと思います。
      通夜告別式の時に・・・のお言葉が嬉しかったです。
      あの時の僕が聞いていたら・・・って思うと泣いていたかもしれません。

      丑三つ刻の不思議な体験・・・多分他の方もされてる方もいらっしゃると思いますが、通夜が終わって線香やろうそくの火が消えないようにしていた時のことです。
      遺体があって、その側で仮眠をとろうとしていた時に遺体のそばを走る大きな足音がはっきり聞こえただけなんですが、その時みんな仮眠をとっていたので誰も歩いてないし走ってもなかったのです。
      多分、従兄弟が祖父を迎えに来たんだろうねってその時家族と話したのをはっきり覚えてます。
      その後も色々ありましたが丑三つ刻の不思議な体験はそんな感じです。
    • 4. yuuji16
    • 2018年03月27日 22:31
    • コウさん早速の返信ありがとうございます^^

      いえいえ僕の方こそまとまりのない返信で申し訳ないです><
      一緒に居る間に両親からそれぞれたくさんの愛情をもらっていて、またそれを自分で理解できていたので自ずと前を向いて来れています^^

      本当に必ずしも通夜、お葬式で泣く必要はないと思うのです。もちろん僕のように感情の制御ができずワンワン泣いてしまうのは決して参列者に同情してほしかったり、悲しみを共有するためではなく、ただただ故人との別れが悲しいからであって、先程も申し上げましたが、時間が立つにつれ悲しみが込み上げてくる人も多くいると思います。

      不思議な体験を教えてくださり、ありがとうございます。僕もそうですし、これまでこのブログでコメントくださった方もこうした不思議な体験を多くされているので、とても気になりました。間違いなくそれは迎えに来られたのでしょうね。
    • 5. さおりん
    • 2018年03月29日 14:02
    • 2回目のコメントです。
      先日のコメントでは、心温まる丁寧なお返事有難うございました。何度も読み返しました。

      本日わたしは誕生日を迎え、ゆうじさんと同い年になりました。
      朝、仕事に出かけた旦那から
      【これからも迷惑かけるけど、お互い爺ちゃん、婆ちゃんになるまで、一緒に生きていこうね】と連絡がきて、思わず泣いてしまいました。

      今まで、当たり前に自分たちはお爺ちゃんお婆ちゃんになるまで生きていけると思っていたのですが、お義母さんが亡くなったことによって、それが当たり前ではないことに気づかされました。そんな気持ちになっている時に、テレビから卒業ソングが聞こえてきて、またお義母さんのことを思い出し、涙でいっぱいの誕生日となってしまいました。

      ゆうじさんのブログでは、これがもうお母さまとの最期の会話となるのですね。続きが気になります。でも読むのが怖いような気持ちにもなります。。

      ところで、ゆうじさんは、このブログは自分の記憶だけを辿って書かれてるのですか?何か手記など記録を見ながら書かれてるのですか?

      わたしはお義母さんが病気を告知された時、病気がわかって初めて会った時、病室を訪れた時、最後に病院にかけつけた時など、特にインパクトが強かった場面は鮮明に覚えています。しかし、すでにあの時どんな会話をしたのか…記憶があやふやになっているところもあるので、どうなのかなって思いました。
    • 6. yuuji16
    • 2018年03月30日 00:24
    • さおりんさんコメントありがとうございます^^そしてお誕生日おめでとうございます^^ やはり同学年でしたか^^ 
      素敵な旦那さんですね><素敵なご夫婦で凄く羨ましいです。
      またこんな素敵な旦那さんを育てられたお義母様はやはり素晴らしい方だったんだろうなと見ず知らずの僕が言うのも変ですが、そう強く思いました。

      「今まで、当たり前に自分たちはお爺ちゃんお婆ちゃんになるまで生きていけると思っていたのですが、お義母さんが亡くなったことによって、それが当たり前ではないことに気づかされました。」
      僕もそうです。母が亡くなった時は全く考えませんでしたが、昨年父が亡くなり、29歳で両親を亡くした事で僕も初めて「自分の死」について考えたというか「自分にもあとどのくらい残りの時間が残されているのかわからない、今を楽しまなければ」と「自分の残りの時間」を強く意識するようになりました。

      ところで今回の質問ですが、まず最初に「会話のやりとり、セリフは100%間違いないか?」と言われれば僕の答えは「NO」です。当時、録音していたわけでもビデオを回していたわけではありませんので>< 
      ただ表現は多少違えど、会話のやりとりや内容は75%は合っています。残りの25%は約10年前の事ですから、さすがに自信はありません。

    • 7. yuuji16
    • 2018年03月30日 00:40
    • 僕は文章力も無いですし、作家を目指していたわけではありませんでしたが「書く」というのは元々好きでした。
      そして僕は母が亡くなって軽い引きこもりになった時に、「自分のこの辛くて悲しい経験や体験を誰かに伝えたい」とぼんやりとでしたが考えていました。そして母が亡くなって少しずつ月日が流れていく中で自分の記憶を頼りにノートに「メモ」感覚で記していました。でも当時の僕はそこで何も行動には移しませんでした。自分の中だけで納めたという感じですね。

      そして一昨年父に肺がんが見つかった時です。その自分の中で納めていたものにもう一度目を向けたのは。その後父が亡くなり、半年が過ぎた去年の8月頃に今まで僕が自分の中に納めていた「想い」が体中から溢れたのは。

      自分のこの経験や想いが「誰かの何かのキッカケになってほしい」「忙しい日常を過ごす中で忘れかけていた大切なものを思い出すキッカケになってほしい」と思ったのは。
      なんというか長年心の中で温めていたものが一気に溢れたというか、「使命」に変わったというか。
    • 8. yuuji16
    • 2018年03月30日 00:49
    • 母が入院し亡くなるまで約1か月半。当時僕は21歳大学3年生。
      大学も冬休みや補講機関、テスト期間など大学にほとんど行かなくて大丈夫な環境。
      仕事もなければ仕事の悩みもなく、就活も4年生からなのでこの当時は就活の悩みもありませんでした。

      当時の僕は100%、もっと言えば120%母の事だけを考えれば良い環境でした。
      母とのやりとり、母の体調に一喜一憂できる環境。
      そして入院したその日に「余命3ヶ月宣告」。
      毎日が僕には節目というかインパクトがありますし、何より母といる時はアンテナというか「この瞬間、瞬間を心に焼き付けよう」と思いながら接していましたから。

      そのぐらいこの母との最期の一ヶ月半と父と過ごした最期の1年は僕にとって一日一日が非常に濃く忘れられない大切な大事な思い出です。

      すみませんなんだか熱く一人で長々と語ってしまいました><
      答えになっているかはわかりませんがこんな感じです><
    • 9. コウ
    • 2018年03月30日 22:50
    • 何度も何度も書き込んですみません。
      僕の拙いコメントにも、心温まるお返事を頂き、本当にありがとうございます。
      ゆうじさんのブログを改めて最初から読み返しました。
      当時の会話とかもほぼ正確に書かれているのは凄いなぁと思います。
      何よりはっきりと思い出せることが羨ましいです。
      初コメントを書いた時にも書きましたが、中学の時に母方の大伯父、父方の祖父と相次いで死別して以降、今のゆうじさんくらいの歳に従兄弟を亡くし、今から5年前、33歳くらいの時にこのブログのコメントに書いた(母方の)祖父を亡くすまで、何度か親族との突然の死別を体験しましたが、このブログを改めて最初から読み返してみたおかげで、ぼんやりとですが思い出すことができました。
      忘れかけていた当時の気持ちを、いろんな意味で思い出すことができました。
      以前書いたコメントと被ってしまうかもしれませんが、改めてありがとうございました。
    • 10. yuuji16
    • 2018年04月02日 16:00
    • コウさんへ
      返信が遅くなり申し訳ございません。

      さて何度もコメント頂いたことに対して謝る必要はありませんよ^^むしろこうして何度もこうしてコメントを頂けて嬉しいですし励みになっています^^

      僕のブログを改めて読んで頂いたようですが、昨年の9月から書き始め記事も約60弱にもなりましたので結構時間がかかったのではないかなと思うのと同時に、凄くありがたいな、幸せだなと思いました。ありがとうございました^^

      コウさんは中学生の頃から多くの御親族の方達と辛いお別れをしてきたのですね…。
      僕は父方、母方共に僕が生まれる前に既に亡くなっていて、物心がつく前に父方の祖母と母方の大祖母を亡くしました。その為ボンヤリとしか記憶にありません。
      なので僕にとっては実質初めての親族との死別が母でした。まさか初めてが母になるとは思ってもいませんでした…。

      コウさんが僕のこのブログを読むことで、コウさんの悲しい過去の出来事と向き合ったり思い出すキッカケになれたのだとしたら、このブログを書き続けてきて良かったなと心の底から思います。こちらこそありがとうございました^^
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