僕には母に告知をした夜と
同じぐらい後悔している日がある。


それは母が亡くなる前日に取った
僕の不謹慎で軽率な行動によって


父を激怒させ、
母を不安にさせ、
そして悲しませてしまうこととなる。


これまで仲が良かった家族だったのに
家族全員で過ごせた『最後の日』
となったにも関わらず


僕のせいで父と軽い喧嘩をしたことで
微妙な距離感が生まれてしまった。


あんなことをしなければ良かったと
ずっと後悔している。




2009年2月1日日曜日
朝8時過ぎ。


今でも忘れない。


起きて父に「おはよう」と挨拶をして
父はこの日も僕が起きると
焼き魚を焼き始めてくれた。


そして出来立ての朝ご飯を用意してくれて
僕が食べ始めるのを見ると、
父は近所のコンビニにタバコを買いに行った。


父が出掛けてすぐ、
家の電話が鳴り響く。


(こんな朝早く誰だよ)


と若干の苛立ちを覚えながら
電話に出ると…。



電話の主は母だった。



母はすごく悲しそうな声で



「どうして来てくれないの…?」


と聞いてきた。


僕は


「ごめん すぐに行くから待ってて!」



と電話を切った。



寝たきりの母がどうやって
電話を掛けたのかは未だにわからない。


車椅子に乗る体力すら
残されていない状態だったのに
どうやって掛けたのか
多少の疑問を持ちながら
急いで着替えた。



そして僕はここで
不謹慎で軽はずみな行動を取る。


食べ始めたばかりの食事。


少し待っていれば
父は帰ってくる。


父が帰りを待ってからでも
良かったのに、


なんでこんなことを思ってしまったのか
この時の僕は


(信幸を驚かせてやろう)


と食べかけの食事と
食器を机の上にそのままにして、
置手紙もせず、
そのまま病院に向かった。


傍から見ればまるで母の容体が急変して
慌てて病院に向かったような状況


僕は考えなくてもわかるぐらい
やってはいけない冗談をしたまま
病院に向かってしまった。


自転車で急いで病院に向かい
母が待つ病室に行くと


母は僕の顔を見るなり


「あ~来てくれた」


と安堵した様子だった。



昨日まで僕の事を励ましてくれていたのに
母は凄く僕の事が恋しそうだった。


僕は一旦、母に顔を出して
母をホッとさせられたので
父を1階のロビーに迎えに行った。


案の定、父から着信が数件入っており
1階のロビーに着いて電話をかけると


父はちょうど病院の駐車場に
車を止め終わった所だった。



電話の先の父の声は怖かった。


先程の母との電話の経緯を話して
母の無事を伝え終わった頃には
入り口の方から父が歩いてくるのが見えた。


この日は日曜日。
病院はガラガラだった。


僕はネタバラシというか
父をからかった事に満足して
笑みを浮かべながら
父の元へ向かうと



父は怒りを噛み殺すように
凄く険しい顔で近づいてきた。


父のあんな怖い顔をしているのを見たのは
21年一緒に居たが初めてだった。



父は凄く温厚で
子供の時から
怒鳴られたり、
手を挙げられたことは一度もなく


僕が言うのも変だけど
父は人間ができていたので
とても優しい人だった。


そんな父を怒らせてしまった。


父は


「母ちゃんは本当に大丈夫なのか?」



「何度も電話したんだぞ」 



「赤信号も無視して来たんだ」



怒りを噛み殺しながら
父は僕に怒っていた。



僕は優しい父を怒らせてしまった事に
動揺して、また自分の非を認めようとせず



(な、なんだよ…そこまで怒る事ないじゃん…)



と自分を正当化しようとした。




そしてこの不謹慎で軽率な行動は
この後母を不安にさせて
そして母を悲しませてしまうこととなる…。





闘病記ランキング
↑↑ ポチっとそれぞれクリックお願いします