20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。
僕の経験や想いを書いています。
死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか
たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。

身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

母に感謝の思いを告げることができたこの日
反対に母からお願いをされた事があった。


それは母が僕に託した
最後の願いであった。



当時、大学3年生の21歳。
いよいよ4年生になると
就職活動が始まる。


余談ではあるけれど
3つ上の兄は真面目で
慎重な性格上もあり
手あたり次第、
面接を受けたりせず


自分が生かせる、
自分がやりたい事を
しっかりと吟味していた為、


就職が決まったのが
結構、卒業間近で決まった。


ちなみに兄はその会社に
大学卒業後、
一筋12年お世話になっている


話が少しそれてしまったが
兄が卒業間近に決まったとはいえ
しっかりと就職活動した経緯もあり
母は僕の就職について話をしてきた。



母は椅子に座っている僕に向かい
唐突に


「ゆうじ、就職だけは必ずしてね」



「え?どうしたの急に?」


母の声は少し震えていた


「母ちゃんがこんなことになって迷惑をかけてごめんね…。母ちゃんが原因でフリーターにだけはならないでね」


僕は母の震えた声を聞いて
思わずつられて


「わかったよ。絶対におれ就職するから。迷惑だなんて思っていないよ、はつみに心配かけないように絶対にフリーターにはならないから安心して」


と目を真っ赤にして答えた。


すると母は


「約束だよ?就職だけはしっかりね」


「うん!約束する」


母は嬉しそうだった。



こじつけかもしれないけれど
母は僕に迷惑をかけないように
この時期に亡くなったのかなと
真面目に思う。


もし仮に1年後にこんな状況だったら
きっと就職するのが決まっていたとしても
母が亡くなったのは2月だったので、
卒業まで1ヶ月、
就職まで2か月しかなかった。


おそらく母が亡くなったショックを抱えたまま
就職をして、


新入社員だと当然、
覚える事や失敗することが多く
たくさん凹む。


その凹んだ時に
僕のメンタルだときっと
『プライベートのショックが大きくて仕事がうまくいかないんだ』
などと言い訳の理由にしたり


もっと言えば
『はつみのせいだ』
と思ってしまう事があったかもしれない。


反対にもし1年前であったら
大学2年生の20歳だったので


単位が取れていないにもかかわらず
精神的なショックが大きすぎて
3年生になる4月から
授業をサボっていたかもしれない。
その結果、留年していたかもしれない。

現に僕は3年生まででしっかりと
卒業までに必要な単位をほぼ取得できていた。


その為、この後母が亡くなって
精神的なショックが大きくて
僕は大学にあまり通わなかった。


父と兄は仕事の為

母が亡くなってからは
学生の僕は朝から晩まで
ずっと家で一人だった。
なので
一種の軽いひきこもりのような生活を送る事となる。



ただ逆を言えばそれだけ
母の死に対して思う存分、
悲しむ時間に使えて
立ち直るまでの時間が十分にあった。


言葉は正しいかはわからないけれど
21歳、大学3年生の2月の
この時期に亡くなってくれたからこそ
僕は好きなだけ
母との別れを悲しむことができ


また新たな一歩を踏み出すまでに
十分に時間が取れた。


大学も無事に卒業でき
また卒業後、
すぐに就職できたのも
そして仕事に全力で向き合うことができたのも
この時期だったからこそだと
今でも強く思う。


また母との


「就職してね」


というお願いと約束があったからこそ
僕を奮い立たせてくれたと強く思う。


そう思えてしまうぐらい
僕の事を気にかけてくれていたので
僕は母に対して感謝している。




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コメント

 コメント一覧 (5)

    • 1. さおりん
    • 2018年03月18日 06:51
    • 初めてコメントします。
      今月末に30歳を迎える主婦です。
      ゆうじさんのブログが好きで
      毎回の更新楽しみにしています。

      先月末に、スキルス胃がんで
      お義母さんが亡くなりました。
      告知されてあっという間の8ヶ月でした。

      現在、わたしは1歳半と、2ヶ月の赤ちゃんがおり、育休中です。部屋の中を見渡すと、お義母さんが買ってくれたおもちゃ、絵本、息子たちの服であふれていて、それらを見るたびにお義母さんのことを思い出します。。
      年子育児でバタバタですが、仕事をしているわけではないので、いろいろ考えてしまうことも多いです。。。

      ゆうじさんは、たくさんの悲しみから、新たな一歩を踏み出すには、どれぐらいの時間を要しましたか?
    • 2. yuuji16
    • 2018年03月19日 20:26
    • さおりんさんはじめまして^^
      僕のブログの更新を楽しみにして頂けていて凄く嬉しいです^^

      先月末にお義母様が亡くなられたのですね。心よりお悔やみ申し上げます。
      告知されてわずか8ヶ月ですか…。あっという間という表現に凄く共感します。

      僕の勝手なイメージですが、嫁姑というのは良好な関係が築きにくいのではないのかなという考えを持っています。ですがさおりんさんの場合はお義母様と良好な関係を築けていたのですね。コメントを読んでいて、さおりんさんの素敵な人柄が伝わって来ました。それと同時にコメントの内容を読んで心が温まりました。ありがとうございます^^

      僕が偉そうに言う事ではありませんが、間違いなくお義母様も『自分の子供のお嫁さんがさおりんさんで良かった』と思っていますよ。それぐらい素敵な関係ですね^^
    • 3. yuuji16
    • 2018年03月19日 20:27
    • 「ゆうじさんは、たくさんの悲しみから、新たな一歩を踏み出すには、どれぐらいの時間を要しましたか?」
      ↑↑
      難しい質問ですね…。どうでしょうかね…。ひょっとすると未だにこの現実を受け入れられていなかったり、この現実に向き合えていないのかもしれません。
      何と表現すれば良いかはわかりませんが、何というか普段は父と母と過ごした時間の軸とは別の時間軸を生きているような感覚ですかね。
      自分の悲しみ、寂しさ、会いたい気持ち、話したい気持ち、恋しい気持ちに蓋をして普段過ごしているというのでしょうか。
      いくら忙しくてもちょっとした時に、父と母の事を真剣に考えるとその蓋が取れて簡単に涙が溢れ止まりません。母が亡くなって9年立った今でも、です…。

      でもその一方で僕が父と母の事が大好きなように、父と母も僕の事が大好きなので、絶対に傍にいてくれていると信じられるから僕は前を向いて歩いてこれています。

      これまた僕が言えた事ではありませんが、さおりんさんがそれだけお義母様の事を考えているのですから、間違いなくお義母様も近くにいて見守ってくれていますよ^^

      無理して気を張って進む必要など無いと思います。僕のように泣きながら進んでいくのは一つの道かもしれません。

      色々と偉そうに申し訳ありません><またコメント頂けると嬉しいです^^

      PS 今月末に30歳ということはひょっとすると僕と同学年かもしれませんね^^
    • 4. yuuji16
    • 2018年03月20日 03:21
    • 毎日乳酸菌を取ることです
    • 5. yuuji16
    • 2018年03月20日 22:04
    • 毎日乳酸菌を摂ることですか。

      僕は子供の頃から現在まで
      ヤクルトを1日3本飲んでいるのでその点は大丈夫そうです^^
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