20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。
僕の経験や想いを書いています。
死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか
たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。

身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

僕らが病室に着いた頃には
母は意識が戻っていて
落ち着いていた。


僕は母の姿を見ると安堵して
緊張の糸がほどけ目が真っ赤になった。


母はまず父と兄と話をした。
僕はその間、母に背を向け
母から見えない位置に立ち
何回も深呼吸をして
気持ちを落ち着かせようとした。


すると母が
「ゆうじもこっちへ来て」と
弱々しい声で
僕を呼んだ。


僕はその母の声を聞いて
込み上げてくるものがあり
涙を貯めながらも
母の元に向かった。


母も目に涙を貯めていた。
僕は両膝をついて
ベットで寝ている母の右手を
両手で力強く握りしめた。


母もまた僕の手を
今持てる力を振り絞って
ギュッと握り返してくれた。


母の手の温もり、
母の声


母がまだ生きていることを
実感できて、心の底からホッとした。



すると母は
申し訳なさそうに
僕の方に目を向けて


「ごめんね…心配かけて…」


「ううん…大丈夫だよ…」


「いつもゆうじが来るとすぐ母ちゃん体がおかしくなって本当にごめんね…」


僕はその言葉を聞いて
涙がドッと溢れた。


僕は両手で握りしめた母の手を
自分のおでこに何回もポンポンと当てて
泣き続けた。


そして母の顔を見て
むせび泣きながら


「生きててくれて本当によかった……」


と心の底から思っている事を伝えた。


母は


「こんなに心配してくれてるんだ、まだ母ちゃんは死ねないよ」


と言って笑って励ましてくれた。


その顔を見て
僕はさらに泣いた。


そして先生が言った通り
腹水を抜いたこの日から
母の体は日に日に弱っていった…


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コメント

 コメント一覧 (5)

    • 1. ゆんちゃん
    • 2018年01月26日 00:46
    • はじめまして。
      フラフラとブログを読み渡っていたらこのブログに出会い、思わず全部の記事を読んでしまうほどの衝撃でした。

      ご両親のご冥福をお祈り申し上げます。

      これからもブログ読まさせて頂きます。
      自分のペースでゆっくりと記事を書いて下さいね(^^)
    • 2. yuuji16
    • 2018年01月26日 01:16
    • ゆんちゃんさん
      はじめして^^「思わず全部の記事を読んでしまうほどの衝撃」
      ブログを書いている立場からすると最高の褒め言葉です^^
      すごく嬉しくて励みになります^^

      ぜひこれからもよろしくお願いします^^
      自分のペースでがんばりますね^^
    • 3. yuuji16
    • 2018年01月26日 23:53
    • 逃げたくなる気持ち、よくわかります。
      わたしも母が癌で闘病していますが、どうしてよいのか分からなくなり 距離を取っています。
      現実が受け止められなくて、会うのが怖くて 励ましてあげることも、会って親子の会話をすることもできていません。
      まだわたしには時間があるので 気持ちの切り替えができたらいいのにと思うのですが、行動に移さずにいます。
    • 4. yuuji16
    • 2018年01月27日 01:19
    • コメントありがとうございます。
      コメントを拝見して物凄く考えさせられました。今のあなたの気持ちが凄く理解できます。
      こういうのは何が正解で何が間違っているのかは人それぞれで、答えなど無いと僕は思っています。
      これからお返事しますが、これはあくまでも両親を癌で亡くした経験を元にお返事します。ひょっとするとあなたの心を傷つけてしまったり、あるいは不快な思いをさせてしまうかもしれません。どうか最後までお読み頂けると嬉しいです。

      僕は母を看病していた頃は21歳でした。ですので母の時は今のあなたのように現実を受け止められず、励ましてあげることもできず、時には会うのが怖くて、母の事を考えるだけで涙が止まらず、日々起こる怒涛の悪夢にただただひたすら泣いて毎日を過ごしていました。
      母の死が目の前に迫り、僕はようやく母に感謝の想いを伝えました。でもそれは時間がないから慌てて言った上にまだ若かったので、言葉に想いが乗せられていませんでした。なんというか言葉に中身がないというか…。それでも母は嬉しそうに僕の言葉をひとつひとつ受け止めてくれました。母の時は体の異変を訴えてから亡くなるまで2ヶ月程度しかなくあっという間だった為に「もっと〇〇しておけば良かった…」と悔やむことが多々ありました。
    • 5. yuuji16
    • 2018年01月27日 01:23
    • そして母の死から7年後、次は父に癌が見つかりました。もちろんその7年の間、母の分まで父が愛情をくれたので、父との時間を大事に過ごして来れたのもありますが、父の場合は体の異変から亡くなるまで1年あったので、母の時の経験を元に、「最初から隠し事はせず、本音で付き合う」「これまでの感謝の想いを伝える」「母の分まで俺がそばにいる!」と誓って看病しました。母の経験があったからこそ、現実を受け止め父との残りの時間を大切に過ごせたので父の事はしっかり「送り出せた」と心の底から実感できているので言葉は正しいかはわかりませんが、母の時とは違い、不思議とあまりショックはありませんでした。


      「もっと〇〇しておけばよかった…」と後悔した母との残り時間。
      「しっかりと送り出せた」と満足できた父との残り時間
      僕は両親と両極端な残り時間を過ごしました。


      でもひとつだけ両親の死で共通していることがあります。
      それは「看病中に過ごした時間はかけがえのない時間となり、今でも心の支え」になっているということ。
      たくさん泣いて、たくさん傷ついて、看病中は心がボロボロになりましたが、その期間のやりとりや表情は脳裏に焼き付いています。こうしてブログに書いているぐらい忘れられない大切な思い出として心に焼き付いています。
      もちろん元気な頃の父と母との思い出もたくさん心に残っていて宝物ですが、やはり最期の両親と過ごした残りの時間が一番の心の支えとなっています。

      現実を受け止められず、お母様と距離を取ってしまう気持ちは物凄くわかります。
      それを承知で僕は自分の経験を通じて言わせてもらえるなら、現実を受け止められなくても、励ましてあげることができなくても良い、お母様のそばにいてほしいです><
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