2017年12月02日

私がんばったよね?もう死んでも良いよね?

自分の体に少しずつ疑問を持ち始めてきた母。
12月初旬に腹痛を訴えたあの日から
ちょうど1ヶ月が過ぎた。


緊急入院、緊急手術、
人工肛門、鼻からチューブ


しかし未だに食事も摂れなければ
歩くことも、もっといえば座ることすら
自力ではほぼできない。


母からすれば治療などを受けて
僕ら家族に励まされたりするものの、


一向に元の生活に戻れるような兆しが見えない。
母のメンタルは限界へと近づいていった。


この日も僕は朝から母のお見舞いに行った。
4人部屋の入って右奥の窓側のベット。


いつものようにカーテンを開け
母に声をかける僕。


「おはよう!今日は体調どう?」
と母の顔を見ると....。


母は僕と目を合わせることも無ければ
僕に「お~おはよう」とも挨拶もせず


怒りを噛み殺すような、凄く険しい顔をして
僕にまくしたてるように淡々とこう言った。
どこか感情がないように....。












「もう嫌だ。死にたい。点滴も入らないし、入院してだいぶ時間が立つのに一向に体は良くならない。
私何の病気なのかな?」






僕はあまりにも予期せぬ母からの言葉に
返す言葉が見つからず、何も言えなかった.....。





そして母は僕の方に目をやり、感情を込めて





「私がんばったよね?もう死んでも良いよね?」






その瞬間、僕はその場でむせび泣いた。




そして母の顔を見れず、
下を向いたまま
絞り出すように



「嫌だよ...。まだ一緒にいたいよ.....。お願いだからそんなこと言わないでよ...。」




むせび泣きの影響で、言葉に詰まりながらも
母に心の底から懇願した。


生きていてほしい人、死んでほしくない人
一緒に居たい人、大好きな人、


僕にとって母は言葉では表すことができないほど
愛おしい人。そんな人から



[死にたい] 



[もう死んでも良いよね]



と言われて凄くショックだった。


それと同時に生きてほしいと強く思うものの
何も励ましの声をかけてあげられない自分の弱さと
母に何もしてあげられない自分の無力さに
僕は
失意のどん底へと叩き落された...。



僕は母にかける言葉が見つからず
廊下へと出ていった。


そして病棟内の中央にあるソファーで
人目をはばからず、


早く泣き止まなくてはと
涙を止めようとした。


しかしショックが大きすぎて
涙を止めようとすればするほど
涙が止まらなかった。


そんな僕の姿を看護師さんが見て
声をかけてくれて、泣きながら
先程の経緯を話した。


後から聞いた話だと
この日の点滴がなかなか入らず
2、3回かかってしまったことに
母が過剰に反応してしまったとのことだった。



あの日から来年の1月で9年が立とうとしている。
もしあの日のあの瞬間に戻れたとしても
僕は同じように母の前で何も言えず
むせび泣くだろう。


8年立った今でも僕の中では答えは出てこない。
あの時何と言って励ませば良かったのだろうか...。


あなたなら何と言って励ましますか?


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yuuji16 at 19:46│Comments(8) 

この記事へのコメント

1. Posted by ラブハウス   2017年12月03日 22:29
5 ゆうじさん

少し前から拝見しています。
学生の頃にお母様を、20代の若さでお父様を亡くされたこと。
心からお悔やみ申し上げます。
そして、頭が下がる思いです。

私は48歳の主婦ですが、半年前に78歳の母を亡くしました。
ゆうじさんのように、寄り添い看病できたのは最期の2週間でした。

お母様は、お腹の病気だったから本当に辛かったでしょうね。
家族がいてもあの痛みはどうにもならない!!
母も、腹水でどんどん酷くなる痛みに疑問と苛立ちを訴えていました。
ゆうじさんは同居してくれた息子さんだから、ゆういつの甘える相手だったのでしょうか。
お父様(夫)よりも、実の子供のほうが気遣いなく、安心して気持ちを言えたのかもしれません。
夫は妻が病むと気弱になってしまうから…。
うちの父がそうでした。
ゆうじさんのお父様は、かかりつけ医への憤りにビールを煽っていらしたと過去記事で読みました。
優しい我慢強いお父様でしたね。

長くなりましたが…
私なら
「もう少し、明日まで様子見てまた考えよう!!今夜から夜中もずっとついてるからね。独りにしてごめんね」
て言いたいかなあと思います。
思うだけで実際はわかりません!
希望的憶測です。

これからもゆうじさんのブログは欠かさずみさせていただけますか。
お兄様と二人兄弟で。
女性はお母様、ただひとりですもんね。
みんなが大事に大切に思われていましたね。
ご親戚の結婚式へゆうじさんが付き添ってくれたこと…お母様は心底嬉しく安心したでしょう。

優しいゆうじさんの溢れるお母様への気持ち、ちゃんとわかっていたんですよ。
でも、ガンの辛さは自分を見失ってしまうんです。
お母様はゆうじさんに感謝でいっぱいだったでしょう!!
2. Posted by もみじ   2017年12月04日 14:17
ゆうじさんと同じでしょうね。

ただ泣きじゃくって、
なすすべもなく立ちすくむ。

慰めの言葉なんて何も考えられない。
真実の前には、慰めや小賢しい嘘なんて、
なんの力もないです。

きっと、私も
「大好きだから!大好きだから、そんなこと言わないで!
好きだから!」って泣きわめくと思います。

私にも息子がいます。
ゆうじさんと同じ年齢です。
私も乳癌の闘病中です。
頑張ります。
3. Posted by yuuji16   2017年12月05日 00:56
ラブハウスさんへ
コメントありがとうございます。そしてはじめして^^

今年お母様を亡くされたのですね。お悔やみ申し上げます。
2週間ですか..。なんとも言えない期間ですね..。
辛いですね..。その2週間は色んな意味で脳裏に焼き付いたと思います。
腹水でどんどん精神的にも肉体的にも辛く、見ているこちらも何もできずただただ見ている事しかできず、苛立ってしまうのは必然のことですよね..。

たしかに僕は末っ子ということもあり、ある意味母にとっては一番弱さを見せれる相手だったのかもしれません。一緒に泣いて、同じ思いを持てていたと自信があります。
父のかかりつけ医への憤りをやけ酒に向けた事。僕ら子供に奴当たることもなく、ラブハウスさんのおっしゃるとおり父はとても優しい人でした。

希望的憶測とはいえ、「今夜から夜中もずっとついてるからね。独りにしてごめんね」
とはすばらしいですね。この後の記事で書きますが、僕はそれをしなかった、凄く後悔しています。やはりこういう時は傍にずっといてあげるべきですよね。

最後になりますが、ラブハウスさんから頂いた心温まるコメントを読んで、心の中に入ってきて、急に父と母が恋しくなり、仏壇の前でたくさん泣きました。そして改めて両親の事が大好きなのだと再認識することができました。ありがとうございます。
よろしければこれからも当ブログをご覧いただければ幸いです。

4. Posted by yuuji16   2017年12月05日 01:03
もみじさんへ
コメントありがとうございます。
ですが素敵なコメントを頂いたものの、最後の「私も乳癌の闘病中です。頑張ります。」という言葉に過剰に反応してしまいました。
大丈夫なのでしょうか?ましてや僕と同い年のお子さんがいらっしゃるということで、
余計に気になります。
息子さんの為にも、そして何よりもみじさんご本人の為に頑張って下さい!!
頑張っていう言葉がどれだけ無意味なものか父と母の看病で身に染みてわかっていますが、それでも言わせてください。
「頑張ってください!!!!!!」これからもずっとずっと僕のブログを読んで下さい!5年後、10年後でもいつでも構いませんので、コメントください。
ずっとずっと長生きしてください!!!
5. Posted by もみじ   2017年12月05日 18:34
本当にごめんなさい!

ゆうじさんを心配させてしまいました。

私は、現在術後1年目を迎えたところです。
比較的初期の乳癌だったのですが、親戚を見回しても、
だれも癌患者がおらず、本当に青天の霹靂でした。

今、大きな治療は一段落して、ホルモン療法をおこなっています。
たぶん、今後、5年間は続くと思います。
かなり副作用が辛いのですが、もっとつらい治療をおこなっている
患者さんのことを考えると、たいしたことはないのだと思います。

再発の可能性は低いとはいえ、再発の怖さは、今後10年以上抱えて生きていくことになります。12人に一人が乳癌にかかる現代。
何万人もの女性が私とおなじような気持ちに耐えているのでしょう。

再発するかどうかは、神のみぞ知る。
だから、一日一日を存分に楽しもうと思っています。

ゆうじさんも、どうぞ、人生を楽しんでください。
母親にとっては、子供の幸せ以上にうれしいことはありません。
私も息子や娘の幸せの為なら、何だってします。

ゆうじさんがお仏壇の前で流す涙よりも、幸せで流す涙のほうが、
100倍うれしいです。それが母親というものです。

ゆうじさんのお母様も絶対におんなじだと思います。

ブログ、読ませて頂きます。
すばらしいブログをありがとう!


6. Posted by ムーンチャイルド   2017年12月05日 20:32
ゆうじさん、はじめまして。
32歳の一児の母です。
少し前からブログ読ませて頂いています。

私の母も3年前に大腸がんで亡くなりました。
ゆうじさんの気持ちがわかり過ぎて…

母が亡くなる数週間前に
「辛い。もぉやめたい」
と子どもの私の前で言ってきました。

私もその時は治って欲しい、生きていて欲しいと願うばかりで、母に、もう少し頑張ってよ…頑張ろう?と声をかけることしか出来ませんでした。
それはその時の精一杯の本当の気持ちでした。

それまで弱音を吐かず、明るく前向きに治療に取り組んできた母。
その母が私に言った最初で最後の弱音。
私がかけた言葉は正しかったのか…
逆に母を苦しめたのではないかと、3年経った今でも後悔しています。
それでも何が正しかったのか今でも答えは出ていないし、この先もすぐには出ないような気がします。

ゆうじさんのブログ、色んな想いで読んでいます。
7. Posted by yuuji16   2017年12月07日 10:32
もみじさん早速のご返答ありがとうございます^^

初期の乳がんだったのですね…。僕のように親族に癌患者がいればそれなりの覚悟がありますが、もみじさんのようにご親戚を含めどなたも癌患者がいなければ、それはまさに青天の霹靂という言葉がピッタリですね。

今後5年はホルモン治療が続くのですね…。治療のためとはいえ副作用が辛いというのは毎回精神的にも応えますね…。
また可能性は低いとはいえ、頭の片隅に常に「再発の怖さ」を抱えての人生は考えるだけで怖いです。僕もいつ癌が見つかるかわかりません。癌以外の大病を患うかもしれません。

だからこそ僕も、もみじさんのおっしゃるとおり存分に1日1日を楽しんでいこうと心がけています!嫌な事があって落ち込むときがありますが、「生きている証拠!」と実感し、前向きに過ごせています。

もみじさんの息子さんと娘さんはもみじさんのようなお母様も持って幸せですね^^
不謹慎かもしれませんが、今回の初期の乳がんが見つかった事で家族の絆は強固になったのではないでしょうか。癌が見つかり、手遅れではなく、まだ初期であった。改めて家族の大切を皆さん再認識できたのではないでしょうか。
どうかこれからも10年、20年、いやもっと元気に生きてたくさんお子様達から親孝行してもらってください^^ 僕は年を重ねるにつれ親孝行したかったという想いが募っていきます。でもそれはもうしたくてもできません。
だからもみじさんにはお子達が、したくてももうできないという状況にならないよう、これからも治療を頑張って元気なお母さんでいてください^^

これからもよろしくお願いします^^
8. Posted by yuuji16   2017年12月07日 10:41
ムーンチャイルドさんはじめして^^
ブログをご覧いただきありがとうございます。

ムーンチャイルドさんのコメントを拝見し、凄く僕の経験と似ていて、やはり「こうだよな~」と深く考えさせられました。ムーンチャイルドさんにもお母様にも凄く共感しました。

月日がいくら過ぎても、あの時一体なんて言えばよかったのだろう、
逆に自分の言葉のせいで母を苦しめてしまったのではないかと、母の事を想う度、自問自答しています。

お子様がいらっしゃるとのことで、僕とムーンチャイルドさんのように30歳前に母とお別れしたこの辛い想いをお子様にさせないよう、元気に長生きしてくださいね^^

経験が凄く似ていて、僕の記事を読んでお母様の辛い看病生活を思い出して、辛いかもしれませんが、お時間ございます時はぜひこれからもご覧いただければ幸いです。

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