自分の体に少しずつ疑問を持ち始めてきた母。
12月初旬に腹痛を訴えたあの日から
ちょうど1ヶ月が過ぎた。


緊急入院、緊急手術、
人工肛門、鼻からチューブ


しかし未だに食事も摂れなければ
歩くことも、もっといえば座ることすら
自力ではほぼできない。


母からすれば治療などを受けて
僕ら家族に励まされたりするものの、


一向に元の生活に戻れるような兆しが見えない。
母のメンタルは限界へと近づいていった。


この日も僕は朝から母のお見舞いに行った。
4人部屋の入って右奥の窓側のベット。


いつものようにカーテンを開け
母に声をかける僕。


「おはよう!今日は体調どう?」
と母の顔を見ると....。


母は僕と目を合わせることも無ければ
僕に「お~おはよう」とも挨拶もせず


怒りを噛み殺すような、凄く険しい顔をして
僕にまくしたてるように淡々とこう言った。
どこか感情がないように....。












「もう嫌だ。死にたい。点滴も入らないし、入院してだいぶ時間が立つのに一向に体は良くならない。
私何の病気なのかな?」






僕はあまりにも予期せぬ母からの言葉に
返す言葉が見つからず、何も言えなかった.....。





そして母は僕の方に目をやり、感情を込めて





「私がんばったよね?もう死んでも良いよね?」






その瞬間、僕はその場でむせび泣いた。




そして母の顔を見れず、
下を向いたまま
絞り出すように



「嫌だよ...。まだ一緒にいたいよ.....。お願いだからそんなこと言わないでよ...。」




むせび泣きの影響で、言葉に詰まりながらも
母に心の底から懇願した。


生きていてほしい人、死んでほしくない人
一緒に居たい人、大好きな人、


僕にとって母は言葉では表すことができないほど
愛おしい人。そんな人から



[死にたい] 



[もう死んでも良いよね]



と言われて凄くショックだった。


それと同時に生きてほしいと強く思うものの
何も励ましの声をかけてあげられない自分の弱さと
母に何もしてあげられない自分の無力さに
僕は
失意のどん底へと叩き落された...。



僕は母にかける言葉が見つからず
廊下へと出ていった。


そして病棟内の中央にあるソファーで
人目をはばからず、


早く泣き止まなくてはと
涙を止めようとした。


しかしショックが大きすぎて
涙を止めようとすればするほど
涙が止まらなかった。


そんな僕の姿を看護師さんが見て
声をかけてくれて、泣きながら
先程の経緯を話した。


後から聞いた話だと
この日の点滴がなかなか入らず
2、3回かかってしまったことに
母が過剰に反応してしまったとのことだった。



あの日から来年の1月で9年が立とうとしている。
もしあの日のあの瞬間に戻れたとしても
僕は同じように母の前で何も言えず
むせび泣くだろう。


8年立った今でも僕の中では答えは出てこない。
あの時何と言って励ませば良かったのだろうか...。


あなたなら何と言って励ましますか?


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