鼻からチューブを入れ終わり、
母が病室に戻ってきた。


しかし母は憔悴しきっていて
とても会話ができるような
雰囲気ではなかった。


精神的にも肉体的にも
疲れ切っているのが見て取れた。


僕ら家族は母が回復するまで
1人ずつ交代制で看病した。


そして夜になった頃には
母もだいぶ落ち着いて会話も普通にすることができた。


その頃には家族4人全員揃っていた。
そして病室に来た
主治医の先生から


このチューブから排液が出てくる。
歩くことで出やすくなる。
様子を見てリハビリがてら病棟を歩いていきましょう


と説明を受けた。


母の痛々しい姿を見て
ショックを受けたけれど


先生からの説明を受け
僕は1人心の中で


(この茶色の毒素のようなものがたくさん出れば良いんだな)


と強い決意をした。
そして次の日から言われた通り
母と一緒に病棟内を歩いた。


母は右手に点滴付きの歩行補助器を
左手に手すりを持ちながら
ゆっくり、ゆっくりと歩いた。


もちろん僕は母の横に立ち
母の体を支えながら。


母は久しぶりに歩いたから
すごく気持ち良さそうで
嬉しそうだった。


僕もまた母と一緒に歩いていて
嬉しかった。


最初のうちは1度にそんなに歩けないので
ちょっとだけ歩いて病室に戻り


1時間程度休んだらまた歩く。
それを約1週間繰り返した。


僕が「よし!休憩終わり!はつみまた歩こう^^」
と声をかけると


「ゆうじはスパルタだな~^^」
と嬉しそうに応じてくれた。


僕はこの穏やかな時間が
いつまでも続いてほしい
と心の底から思った。


そして歩き終わり、病室に戻って
母のチューブからたくさんの排液が出てくる
と2人で一緒に喜んだ。まるで子供のように。


例え未来が決まっていたとしても
この前向きで同じ方向を見て
一緒に一喜一憂している
この時間を大事にしたい。


そんな風に思いながら疲れて眠っている母の横で
チューブから出てくる排液を見ながら


(お願い!はつみの体から癌細胞も一緒に出て行ってくれ!)


と泣きながら願った。




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