母は腸閉塞を患ったことで
食べた物を腸がうまく運べていない状態になり、
食事を摂れず、点滴で賄っていた。


思えば母は腹痛を訴えた12月上旬から
約2週間、何も口にしていない生活を送っていた。


そして入院して数日が立ったある日
主治医の先生が、母の病室に訪れた。
その時、母とお見舞いに来ていた父と僕の3人がいた。


主治医の先生から、鼻からチューブを入れて
腸の中身を逃がし、腸に掛かる負担や圧力を
軽減する治療を行うと説明を受けた。


母は昔から極度の怖がりで
元気な時に町医者に通院していた頃、
診察当日に体重が増えていると、
「先生に叱られる…」と、必要以上に怖がり
よく台所で嘔吐を繰り返していた。


また虫歯がかなり進行してしまった事があり、
専門の病院で歯の治療が必要になった時も
当日、嘔吐を繰り返していた。
大学の講義が終わったら来てほしいと
頼んでくるほど怖がりだった。


そんな怖がりの母だったので、鼻から管と聞いて
先生が病室から帰った後、父と僕の手を握り、
「怖いよ…」と泣いて訴えてきた。


僕と父は「大丈夫!良くなるために頑張ろう!」
と必死で励ました。


そして鼻からチューブを入れる日、
この日は家族全員でお見舞いに来ていた。


エレベーターの前まで付いていき、
この時も母は代わるがわる家族全員の手を握り
最後まで「怖いよ…」と泣いていた。


そんな母を見て父が両手で母の手を握り
「大丈夫!家族全員ついているから」


と励ました。そんな両親の姿を見て
僕は後ろに下がり、誰にも気づかれないように
必死で涙を堪えた。


普段はこんな風に手も握らなければ、
あまり会話をしない両親なのに


こういう時にしっかりと
頼って、励まし合って


深い所で愛し合っている両親の姿を見て
こみ上げてくるものがあった。


(やっぱり信ちゃんとはつみの子供で良かった)



と心の底から思った。



あの時の両親の姿は僕の宝物。



そして母は治療へと向かった。





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