専業主婦の母が入院した事で
僕と父、兄の男3人の生活が始まった。


当時は父と兄は会社員、
僕は大学生。


母が家にいた時は
家事全般をやってくれていた。


母は本当に家族が大好きで
家族の為に、家族中心の生活を
ずーっと送っていた。


日中僕らが仕事や学校に行っている間に、
近所へ自転車でスーパー等に買い物に行っていた。


また特にこれといった趣味もなく、
1人でどこかに出掛けることはなかった。


そのため、常に家には母がいた。
外が暗くなれば、玄関の電気をつけ、
玄関のカギを常に開けて、
家族の帰りを待っていた。


仕事柄、兄の帰りが24時頃になる時が多々あった。
それでも兄が帰ってくると、わざわざ起きて、
コミュニケーションを軽く取ってから寝る。


翌日になれば朝5時には起きて
仕事に出掛ける父と兄の見送り。


朝になれば、僕の食事の準備など
常に母は僕ら家族の為に頑張ってくれていた。


そんな母はドラマが大好きで
唯一母が自分の為に時間を使える時だったと思う。


よく母とキムタクやつよぽんのドラマを
毎週見ていた時に僕だけ見逃してしまう時があった。


僕は録画したドラマを見る前に
母からあらすじを聞いてから
見るのが大好きだった。
母もまた軽い優越感からなのか
嬉しそうに教えてくれた。


この年、NHKの大河ドラマは「篤姫」
母が体調を崩したのが12月上旬。


ちょうど母が体調を崩した頃に
最終回が放送された。
その当時、母はTVを見るどころではなかったため、
入院した時は、最終回を見れなかった事を
悔やんでいた。


「録画してあるから家に帰ったら見れるよ」
と励ましたのを覚えている。


結局、録画した最終回を
見ることはできなかったけれど、
病院のTVで総集編を見れたので、
結末はわかったと喜んでいたのは覚えている。


また僕が未だにSMAPが好きなのは、
間違いなく母の影響。


毎週月曜日の夜は母と一緒に
スマスマを見て、


メンバーの誰かが出ている
ドラマやバラエティー番組は
ほとんど見ていた。


ちなみに解散が発表された時は
仏壇に「はつみSMAPを解散させないでー」
とお願いし、スマスマの最終回は
母の遺影をTV前に置き、
一緒に見た。


話がそれたが、そんな当たり前だった我が家の日常も
母が入院した事で、一変する。


家に帰れば、玄関のカギはしまっていて
暗くなってから家に帰る家からは光が漏れていない。


夜、お見舞いから帰って来た時に
外から見た我が家が真っ暗だった事に
当時凄くショックを受けたのを覚えている。


夜は必ず家には母がいたから
外から見た真っ暗な我が家に
慣れなかった。


と同時にこうしたことでも
母のありがたみがわかった。


また母が入院した事で
僕が気づいたことがある。


そうそれは


「普通が一番」ということ。


もちろんお金があったり、
おいしいご飯が食べれたりできれば
それに越したことはないけれど、


当たり前だった日常を失った事で
どれだけ今までの日常が幸せだったのかがわかった。


家に帰れば母がいて、
一緒に父と兄の帰りを待ち、
TVを見たり、家族でくだらない話をする。


何の変化も無く、
これといった出来事は起きないけれど、


「普通が一番幸せな事」


というのが身に染みてわかった。
この時から今もずーっと
僕はそう思う。













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