20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。
僕の経験や想いを書いています。
死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか
たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。

身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

親戚の披露宴は
赤坂のホテルで行われた。


母は1人では道がわからないから
一緒について来てほしいと
披露宴が決まった時から
僕にお願いしていた。


僕は快く受け、
当日は約束通り、
母と一緒に電車で向かった。


しかしこれが
母との最後のお出掛けになった。


この時はこれが
最後の外出になるなんて
思いもしなかった・・。





当時僕は20歳だったということもあり、
母と一緒に出掛けることはあったけれど


母親と一緒に出掛けている所を
他人に見られたくなかったので


電車で出掛ける際は
同じ車両には乗るけれど、
わざと離れた位置に乗っていた。


しかし何故かこの日は違った。
母の隣に座った。
しかも自分から母の隣に座った。


8年立つけれど、あの日のあの車内の光景は
今でもうっすらと覚えている。


何を話したかは全く覚えていないけれど、
ずっと2人で笑っていた気がする。


この2週間後、癌が見つかり、
余命を宣告されるのですが、
この時は母は元気だったので、


「これが母と一緒に乗る最後の電車」
とわかっていたならわかるのですが


あの時の僕は何故母の隣に座ったのか
しかも普段は頑なに、
あえて離れた場所に乗っていた僕が


何故母の隣に自分から座ったのか
未だに不思議です。
まるで僕も母との最後のお出掛けになると
わかっていたような・・。


ですが、こうしてはっきりと最後のお出掛けを
覚えられているのは幸せなのかなと
時間が立つにつれ、感じます。


「あれ最後どこ行ったっけ?」
と思い出せなかったり


「行った場所は覚えているけれど、あの時どんな感じだったっけ?」
などと、あいまいにしか記憶に残っていなかったら

なんだか後悔や、モヤモヤしたような気分だけが
残る気がして・・。

そう考えると自分は幸せなのかもしれないと思います。
まあ自己満足ですが(笑)


だからこそ、やはり目の前の
「この瞬間を大切に、大事に過ごそう!」
と思うのです。


それが大切な人との時間であればあるほど。


どんな人とでも必ず別れは来ます。


残された側になった時、
必ずその人との「時間」が、「思い出」が
自分の中の悲しい気持ちを救ってくれます。


ひとつでも記憶に残る


瞬間、時間、思い出を


過ごしたいなと思います。

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