20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

僕は21で母を、29で父を共に癌で亡くしました。 僕の経験や想いを書きます。 このブログが一人でも多くの方の心に届いて 心の宿り木のような存在になってくれると嬉しいです。

2018年02月

両親を癌で亡くした僕が経験した出来事を書きます。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

下手くそ^^

母がリラックスできる音楽。
僕はそれを求めてTSUTAYAを訪れた。


リラクゼーションコーナーに行き、
水のせせらぎの音などが収録された
CDを借り、家に帰ってカセットにおとした。


カセットにダビングしている時間を使い
改めて病院に向かおうとする。


母が好きだったAIさんのStoryは
以前から家族でドライブに行った時などに聴いた
僕が作った「はつみコレクション」のMDに既に入っていたので
早く聴かせてあげなければと思い
僕のMDプレイヤーを持って行くことにした。


準備ができ、いざ病院に向かおうとすると
足が止まった。


(そうだあの曲も入れよう)


僕はもう一度TSUTAYAに行き、
その曲のCDを探したが見つからなかった。


急いで家に帰り、僕は自分の部屋に駆け込む。
そして一冊の本を取り出し、


(よし!)


と、ある決意を持って
改めて病院に向かった。


病室に着くと
母は起きていた。


胸を撫でおろし
早速持ってきた
MDとMDプレイヤーを渡す。


はつみは凄く喜んでくれた。
その喜んだ顔が僕を元気にする。


そして僕はカバンから
一冊の本を取り出した。


その本とは中学の時の
音楽の教科書。


ボロボロのその本を見つめ
僕は深呼吸をして
覚悟を決めて母に切り出した。


「はつみに聴いてほしい曲があるんだ。でもTSUTAYAに行ったらCDが見つからなくて…」


「下手くそだけれど、ここで歌って良い…?」


僕は超がつくほどの音痴で
音楽の授業のテストではクラスメイトに笑われたり
合唱コンクールなどでは隣の人に音が取れないから
僕側の耳を塞がれる


それぐらいまでの自他ともに認める音痴だった。
でもそんな僕でもこの曲だけは母に聴かせたい。


僕は断られるのを覚悟で母に頼んだ。


母はニコッと笑い


「え~耳が壊れるな^^ でもゆうじの頼みだから、聴かせてもらおうかな^^」


と僕の頼みを聞いてくれた。


僕は右手の甲で
涙を吹き払い


寝ている母の近くに
椅子を持って行き、
本を開いて歌い始めた。


恥ずかしさや照れもあり、
いくら個室と言っても
大きな声で歌うわけにはいかない。


また突然、看護師さんが入ってくる可能性も高いので
小さな声で、しかし心を込めて歌い始めた。


この曲は中学生の頃に
「第2の校歌」という位置づけなぐらい
数多く歌った曲。
それこそ入学式や卒業式などでも。
母も少なからず縁のある曲だった。



「たとえば君が傷ついて くじけそうになった時は かならずぼくが そばにいて
 ささえてあげるよ その肩を」


実際には一小説ごとに涙が溢れ、
言葉が出てこず、
何度も止まりながらこの歌詞を歌った。


時間にして5分ぐらいかけて歌ったと思う。
泣きながら歌ったのは人生初めてだった。


下手くそだけれど心を込めて
精一杯母の為に歌った。


母はゆっくりと右手を上げ
僕の手を触ってくれた。


そして歌い終わって
しゃくり泣きながら
母を見つめると


母は笑顔で


「下手くそ^^」


と言って僕の目を見て微笑んでくれた。


僕はそんな母の顔を見て
涙がドッと溢れ
母の手を握りしめた。


母は


「ありがとう。ゆうじの優しい想いが伝わって来たよ^^」


と言ってくれ、
僕はその言葉を聞いて
ひたすら泣いた。


「はつみ…大好きだよ…。」



良かったら聴いて下さい。











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諦めきれない想い ~無駄な抵抗だとしても~

高山病のような症状で
酸素が脳に行きにくい状態。
いつ亡くなってもおかしくない状態。


もう本当に追い込まれている状態だと
僕も重々承知していたが


やはり諦める事などできなかった。
それが無駄な抵抗だとしても
僕はまだまだはつみに生きてほしい。


インターネットで酸素について調べた。
そして酸素をたくさん体内に取り込むためには
呼吸の仕方が重要であると発見した。


僕は母に


「大きくゆっくりと息を吸って、ゆっくりと吐いて」


と懇願した。


母はめんどくさがったり、嫌がったりせず
僕の言う通りにやってくれた。


僕は母が大きくゆっくりと息を吸って
ゆっくりと吐いてくれている姿を見て


(脳に酸素よ行ってくれ!)


と自分の両手を力一杯
握りしめながら祈った。


また今にして思えば安易だと思うが
その当時は必死で、自分なりに一生懸命考えたのが
酸素水を飲んでもらう事。


「酸素水」のペットボトルを購入し
母が水を飲む時用に準備した。


「今はつみの脳には酸素が行きにくい状態らしい…。まずいかもしれないけれどこれ飲んでくれない…?」


と断られるのを覚悟で母にお願いした。


すると母は笑いながら


「そんなの効くか(笑)でもゆうじが母ちゃんの為に買って来てくれたものだから、飲ませてほしいな^^」


と言ってくれた。


僕は嬉しくて号泣した。



「ありがとう…絶対にこれ飲めば脳に酸素が行くよ…」


何の根拠もないけれど
母に自信満々に伝えた。


なぜならこの酸素水には
僕の母に対する想いが込められていたから…。


そして母は早速飲みたいと言ってくれ
手伝いながら母の口に
ゆっくりと少量だけ飲ませた。


母はニコッと笑い
「よしこれで脳に酸素が行くね^^」
と僕の目を見てくれた。


僕は泣きながら笑顔を浮かべ
「うん…」とだけ答えた。


そして母は


「最近眠れないからリラックスできる音楽が聴きたいな」


「久しぶりにAIのStory聴きたいから持ってきて^^」


と僕に頼んできた。


僕は涙を拭き
「うん」と答え一度家に帰った。




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大丈夫!必ず連絡が行くから

次の朝になっても
(次に眠ったら…そのままかもしれません…)
という言葉が頭から離れない。


考えれば考えるほど
不安と恐怖で涙が止まらない。



母が死ぬのを認めてしまった僕。
負けを認めた僕が願う事はただ一つ。





「もうこれ以上はつみには苦しまないでほしい…」



「死ぬのなら、せめて楽に死んでほしい…」



どこか放心状態で
母のお見舞いに今日も行く。


病室に着くと母は
今日も笑顔で迎えてくれる。


その笑顔を見るだけで
簡単に涙が出てくる。


最初どんな会話をしたのか
覚えていない。


ただこの頃の母には
もう声のハリが無く
ずっと寝たきりだった。


それでも声のハリは無いのに
母の方から積極的に話しかけてくれる。


きっと僕の事が心配でならなかったのだと思う。
その無償の愛が僕の心を癒してくれる。


そして少しすると母は目を閉じた。


僕はその瞬間、声に出さないように
噛みしめるように歯を食いしばりながら
号泣した。


(このまま死んでしまうのかもしれない。)



(でもはつみが苦しまなくて済むなら…おれは…)


そして僕は母に気づかれないように


「はつみ今までありがとう…」


と泣きながら小さな声で
母に向かって言った…。



しかし5分程度すると
母は目を開け、
目を見開き天井を見つめていた。



その瞬間僕は
心の底から安堵して


(良かった…まだ生きている…本当に良かった…)


と下を見つめながら
嬉し泣きをした。


するとそんな僕の姿を見て


「どうした泣いて?」


といつものように僕を
心配して声をかけてくれた。


その時は
「ごめん…大丈夫だから^^」
と泣きながら作り笑顔を浮かべて
母に答えた。


母は


「母ちゃんは生きているから安心しな^^」


と天井に向かって呟くように言った。



僕は「うん…」とだけ答え
また涙が溢れた。


そして母はまた目を閉じた。


僕は母を見つめながら


(はつみ…もうはつみはこのまま死んでしまうのかもしれないんだよ…)


と声に出せない代わりに
またひょっとすると
このまま母が死んでしまうのかもしれないと
とてつもない恐怖を感じながら
母を見つめて、声を出さないように泣いた。


僕の心は張り裂けそうなほど
激しい恐怖、悲しみに襲われていた。


母が目を閉じる度に
このまま死んでしまうのではないか、と…。


そしてまた母が目を開けた。
先程と全く同じシチュエーション。


しかしもう僕の心は限界だった。
母の手を握り
好きなだけ泣かせてもらった。


母はまた僕に対して


「ゆうじ何があった?母ちゃんに話してごらん」


本当の事は言えないけれど


僕はとっさに


「昨日の夢で…は、はつみが…冷たくなっている…夢を…見た…」


としゃくり泣きながら
話してしまった。



すると母は僕の目を見つめ
今持てる力で僕の手をギュッと握りしめ



「大丈夫!もしそうなった時は冷たくなる前に必ず連絡が行くから」



「先生達もみんな『家族全員仲が良くて、素敵ですね』って言ってくれているよ^^
 だから最期の時は必ず、先生達が母ちゃん達を会わせてくれるから大丈夫^^」


と母は泣くどころか嬉しそうに
僕の事を励ましてくれた。


(はつみ…その笑顔は反則だよ…)


僕はむせび泣いた。



「はつみ約束だよ。俺が来るまで死なないでね…」



「任せとけ^^」



とまた笑顔を浮かべ
返してくれた。


この時から母の口から
死ぬことを受け入れているような言葉が
多く聞かれた。


今振り返ってみると
母が取り乱したのは
告知の翌日以降、無かったように思える。
それ以降はむしろずっと明るかった気がする。


母は無理して明るく振舞ったり、
カラ元気という感じではなく
自然体だった。




「はつみ約束だよ。俺が来るまで死なないでね…」




「任せとけ^^」


この時は願望として伝えたけれど
母はこの約束を守ってくれることとなる…。





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納得できるわけ…ねぇだろ…

「次に眠ったらそのまま…かもしれません…。」


その言葉が頭から離れない。


しかしあまりにも突然で
自分の想像を遥かに超える宣告だったからか
どこか他人事のような感じで
時間が立つにつれ
母と普通に雑談ができるような状態だった。


しばらくすると
仕事を早退して来た
父から「病院に着いた」と
メールが来た。


僕は母を病室に残し、急いで
4階のエレベーター前に向かった。


エレベーターから父が降りて来た。
父と目が合った瞬間、
緊張の糸がほどけたのか
僕はその場で泣き始めてしまった。


父はそんな僕を見て、心配してくれ
向かいのロビーに誘導してくれた。


僕はしゃくり泣きながら
先生から言われたことを伝えた。


しゃくり泣きながら父に伝えたため
言葉の端々で詰まり
話がうまく伝えられなかったにもかかわらず


父はメソメソしている僕に対して
「もっとはっきり言え!」などと怒ったり、
せかすわけでもなく、
僕のペースに合わせ、
僕の顔を覗き込むように
大事に大事に耳を傾けてくれた。


そして父は僕を慰めてくれ
「先生と話をしてくる。おまえは落ち着くまでここにいろ」
と優しく声をかけてくれた。


父は立ち上がり
僕の右肩を無言で
ポンポンと叩いて
先生の元へと向かった。


僕は顔を上げ
父の背中を見ながら
さらに泣いた。


父が先生の所に向かって
再び僕の前に帰ってくるまで
時間にしてどのくらいだっただろうか


覚えているのはこの間
1人で泣いていたのと
母の所に行かなかったこと、
最終的にロビーから
携帯電話が使用できる携帯エリアに移動して
その椅子に座っていたこと。


父がロビーに姿を現した。
キョロキョロしている。


僕はしゃくり泣きながら
黙って父を見つめる。


父は僕の姿を見つけると
穏やかな顔をして僕の元へと歩いてきた。


父は主治医の先生と話した内容を
丁寧に教えてくれた。


そして最終的に先生との話の中で
まむなく訪れる
"母の最期について家族の意思を聞かれた"
と僕に教えてくれた。


そして父は僕に尋ねた。



「もし母ちゃんがそんな状態になったら延命を望むか?それとも何もせず時の流れに任せるか?どうする?」


「もし延命をしたとしても母ちゃんは植物状態になって眠ったままで会話はもうできない…。」


「でもお前と兄ちゃんがそれを望むなら父ちゃんは先生に反対されようとも、先生にお願いするよ」


僕は父からの言葉を聞き
人目をはばからず、
ひたすら泣いて泣いて泣いた。


答えは出ているのに
それを言葉にしてしまったら、
はつみが死ぬことを認めてしまう気がして
なかなか父に伝えることができなかった…。


でも父はその間何も言わず
ずっと隣にいてくれた。


そして僕はしゃくり泣きながら
ゆっくり、ゆっくりと自分の答えを伝えた。


「時の流れに…任せるよ…。」


「はつみが…これ以上…苦しまないで…済むように…」


すると父は


「わかった。それで納得できるな?」


と僕の気持ちを悟ったように
どこか穏やかな顔で僕の目を
しっかりと見てくれた。


あの時の父の顔は
今でも忘れられない。


僕は目を反らしながら



「納得できるわけ…ねぇだろ…」


と悔し泣きながら
父に怒りをぶつけてしまった…。


まもなく亡くなってしまう最愛の人と
僕ら子供達の間で


誰よりも辛く、残酷な決断を迫られ
それでも決断をしなればならなかった父。


涙を見せるわけでもなく
取り乱すこともなく
決断した父。


そんな父を僕は
誇りに思う。



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おまえの顔を見れば

(次に眠ったらそのまま…かもしません…。)


その言葉に
僕はとてつもない
恐怖を感じた。


(もう本当にもうすぐはつみが死んでしまう)


その残酷な未来がもう目の前に迫っている。
その未来はもう近い…。
計り知れない恐怖が僕の心を苦しめた。


母の病室の前に着いた。
何度も何度も気持ちを落ち着かせようと
深呼吸を繰り返す。


母には忘れ物を確認しに
行っていることになっている。


時間が立てば立つほど
母に怪しまれる。


(早くはつみのところに戻らなきゃ…)


何度もドアの取っ手を握ろうとするが
握ることができない…。


まるでドラマのワンシーンのように
それを2、3回繰り返した。


母の前で何もなかったように
振舞う自信がない.


母の前で笑える自信がない


ようやく母に嘘をつかなくて良くなったのに
また嘘をつかなければいけない


この扉の向こう側にいる母の顔見たら
僕はまたすぐに泣いて母を不安がらせてしまう。


僕はしばらく扉の前で葛藤していた。
しかしやはり扉を開ける
「覚悟」が決まらない。


息を吐き、目が真っ赤になっているのがわかったので
一旦気持ちを整えなければと
トイレに行って顔を洗った。


鏡越しの自分に向かって


(落ち着け、落ち着くんだ)


と僕は自分で自分を鼓舞した。
そしてようやく覚悟を決めて
母の病室の扉の前に戻った。


今できる最高の作り笑顔を浮かべて
「よし!」と気合を入れて
扉を勢い良く開けた。


この時の僕は勢いで乗り切ろうと
というか、母に口を挟まれないように


「何も忘れていなかったよ」


「ちょっと1階の売店に行ってジャンプを立ち読みしてた」


「遅くなってごめん」


などとまくしたてるように早口で
聞かれてもいないことまで
母に報告をした。


すべては母に怪しまれないために…。



すると母は…
微笑みながら僕に向かって







「先生に何て言われた?」




「え…?」




動揺する僕。





「え?だから忘れ物はなかったって…」


しかし必死にそう否定しながらも
僕の声は震えていた。


母は穏やかな顔で


「あたしを誰だと思ってるの?^^」



「おまえの顔を見れば何かあったな、ってすぐにわかるさ^^」



僕は母からのその言葉を聞いて
その場で膝から崩れ落ち
ベットに寝ている母のちょうど
太もも部分の布団に顔をうずめて
泣き崩れた…。


母には僕の考えていることはお見通しだったのだ。

僕の心は母に見透かされていた。


僕が泣き続けている間、母はゆっくりと
僕の頭をポンポンと優しく何度も叩いてくれた。
無言でずっと。母からの愛情が凄い伝わってきた。


僕はその母からの愛情と
母が僕の事を本当に理解してくれていることが
たまらなく嬉しかった。


それと同時に母と一緒にまだまだいたいのに
母との別れの時間が迫っているこの現実を
受け入れられずに、母を失いたくないと
泣き続けた。


そして思わず


「はつみ…怖いよ…離れたくないよ…」


と泣きながら弱音を吐いてしまった。


母は


「大丈夫、これからもずっと一緒さ」


と優しい声で僕を慰めてくれた。


母の優しさが本当に心に染みて
ずっと泣いていた…。


母は結局、亡くなるまで
僕が病室に戻った時に
「先生に何て言われた?」
と聞いてきただけで
それ以降は追及してこなかった。



おそらく僕の顔を見て
深刻な事を言われたのだろうと思い
また取り乱す僕をこれ以上
傷つけないようにとそれ以上のことは
聞いて来なかったのだろうと思う。


母は本当に優しい人だった。


そしてこの夜、
僕は父にやり場のない怒りを
ぶつけてしまうこととなる…


それは僕が
母の死を認めたこと、
負けを認めたことを
意味することとなる…。




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