20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

僕は21で母を、29で父を共に癌で亡くしました。 僕の経験や想いを書きます。 このブログが一人でも多くの方の心に届いて 心の宿り木のような存在になってくれると嬉しいです。

2017年11月

両親を癌で亡くした僕が経験した出来事を書きます。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

人生で最初で最後の...

いつもどおり僕は毎日
時間の許す限り母のお見舞いに行った。


少しでも一緒にいたい。


少しでも母との思い出を作りたい。


少しでも母の笑顔をこの目に焼き付けたい。


そんなこと思いながら
母との残りの時間を過ごしていた。


でもやっぱり母の笑顔を見る度に


いつまでもこの笑顔を見ていたい


まだ何か手はあるのではないか


まだ助かる可能性はあるのではないか


などと諦めることができずにいた。



しかしそんな母が恋しい一方、
徐々に僕の気持ちにも変化が訪れた。


あまりにも母の余命宣告がショックで
僕の心はボロボロだった。


そして人生で初めて


「死にたい..」


と思ってしまった..。


こう思ったのは後にも先にも
この時が最初で最後。


こんな希望のない悪夢の毎日から
逃げたい....と。


当時、胃が痛くて
胃潰瘍になりたいと強く願ったり、
胃潰瘍になれば死ねるのかな


帰りの暗い帰り道で
自転車に乗りながら
高層マンションを見て
あそこから飛び降りれば死ねるな


などと本気で思った。


誰にも相談できず、
僕の心の中で大切にしていた
燃え上がる炎のような想いが
儚く消えていった…。




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【番外編】30代の決意

30代がスタートしました。
9月下旬にこのブログを始め、
約1ヶ月。


「ブログを書いていてくれてありがとう」


「泣きながら読みました」


など最近では心温まるコメントやメッセージを頂けるようになり、
自分の想いが確実に誰かに届いていると感じられ嬉しい限りです。


また反対に


「いつも、ゆうじさんのブログで優しい気持ちに
してもらっています。
あなたの深い優しさが伝わるこのブログが大好きです。 」


「ゆうじさんのブログ 大好きです。
私にも、男の子が2人いますが、貴方のような人になって欲しい…と心から思います。
貴方は本当に素敵な人です。 」


など心の底からグッときて、泣いてしまいました。
このような素敵なコメントを頂く機会が増え、
このブログを書き始めて本当に良かったなと感じます。


こういった素敵なコメントやメッセージを頂く度、
寝る前に父と母の仏壇に報告しています。
もちろん泣きながら(苦笑)



このブログも
1日平均250人の方に訪問いただき
1日平均1500PVになりました。
昨日はついに始めて2000PVを超えることができました!


本当にありがとうございます。
そしてLINE読者も7名の方になり、
日々皆さんに励まされています。


両親と別れて、心のどこかで
愛情に飢えていた自分がいました。


でもこのブログを書き始めたおかげで
皆さんからたくさんの励ましを頂けて
僕は勝手にそれを「愛情」と受け止めています^^


誰かに必要とされていると
感じられるだけで僕は本当に幸せです^^


またGoogleが無料で提供する
Webページのアクセス解析サービス、
アナリティクスという機能を使っていると
日本のみならず、


アメリカ、ベトナム、エチオピアなど
9ヶ国の方達の訪問も確認できました。


このブログを書き始めた時は
日本のどこかの誰かに
届いてほしいと思っていました。


しかし世界のどこかの誰かにも
自分の想いが届いていると
最近思うようになりました。


そして30代になって強く思うのは


自分の経験を1人でも多くの方の「心」に届けたい


僕の経験が誰かの役に立ってほしい


この2点に尽きます。



父と母に言えて良かった事


父と母にできずに後悔した事


これはやっておいて良かったと思える事


あの時ああしておけば良かったと後悔した事


など山ほどあります。


特に後悔したことは、
皆さんにもしてほしくない。


そんな事を僕のブログを通して
読んで下さる方の何かの助けになってくれれば
嬉しいです。


30代この10年間のテーマは
「届ける」です。


どうぞこれからも当ブログを
よろしくお願いします^^





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【番外編】天国の母からの誕生日プレゼント

一昨日の誕生日は上司が気を利かせてくれ
休みをもらえた。


そんな僕に母から誕生日プレゼントを
貰えた気がする出来事が2つあった。


朝2階で洗濯を干していた時、
道路を歩いている人に視線を送ると


背丈も体形も服装も
母と瓜二つの女性が奥から歩いてきた。


おそらく年齢も亡くなった時の母と同じぐらいで
母が散歩しに行っていた頃の容姿にそっくりで、
帽子を深く被っている所までそっくりだった。


僕はまた良い方に捉え、


(誕生日に姿を見せに来てくれたんだ)


と嬉しくなった。



そして洗濯を済ませた後、
僕は近所の薬局に買い物に行った。


シャンプーや歯磨き粉を購入しようと
店内を回っている時、僕はふと


(あ!そういえば前に入浴剤の割引クーポンを貰ったんだった!)


と思い出し、財布の中からレシート上の割引クーポンを探した所…


(あったあった!有効期限は?と・・。)






有効期限は2018年2月2日。




IMG_20171109_122547








僕はドキッとした。
そしてまた目が真っ赤になった。


2月2日は母の命日。


朝の瓜二つの女性といい、
この有効期限といい、


ただの偶然なのかもしれないけれど
僕にはそうは思えない。


「ゆうじ、お誕生日おめでとう
傍にいるからね」


って天国の母からの誕生日プレゼントな気がして。


はつみありがとう。
凄く嬉しかったよ。




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【番外編】さよなら20代、よろしく30代

私事ですが今日で30歳になりました。
やはりこういう節目の年齢になる時は
毎回感慨深いものですね^^


20代を振り返ってみると


21歳で母を亡くして


22歳で就職をして


26歳で転職して


29歳で父と祖母を亡くしたりと


凄い濃い10年間でした…。


まさか20代で両親と別れることになるとは
夢にも思っていませんでした。


僕は独身なので、両親に孫を見せることもできず
別れることとなり、親孝行ができなかったので
とても心残りです。


30歳になる瞬間は両親の仏壇の前で迎えました。


23時55分ぐらいから仏壇の前に座り、
両親にたくさん話しかけました。


「まさか20代で2人と別れることになるとは思わなかったよね」


「初めて両親がいない誕生日を迎えたわ」


「産んでくれて、大切に育ててくれてありがとう」


「たくさんの愛情をくれてありがとう」


「本当の意味で産んでくれたこと、育ててくれたことを感謝しなければいけない日だね」


「約束した通り、これからもずっとそばにいてね」


30歳になった瞬間は涙でボロボロでした(苦笑)


さよなら僕の20代、よろしく僕の30代^^






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「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」って

依然として母は
元の元気な体に戻れると希望を持っていた。


しかし母も唯一、
今回の手術をしたことで
今後の生活に不安を持っていることがあった。


そうそれは人工肛門。
癌細胞が邪魔をして
自然な排泄ができなくなった為、
便を排泄するために
胸の下あたりに人工の肛門を
作った。


本人には今回の腹痛を招いた原因の
ひとつであり、それを解消するために
人工肛門の処置をしたと伝えてあった。


母は当初、人工肛門になったことに
少しショックを受けていたが
その事実を受け止め、必死に対応しようとしていた。


そんな入院して数日立ったある日
僕がいつものようにお見舞いに行くと
母は申し訳なさそうに


「ゆうじごめんね…パジャマにうんちがついちゃった…」


「イトーヨーカ堂行って新しいパジャマを買って来てほしい…」


「このパジャマを家で洗濯してきてほしい…ごめんね…」


と母は何度も僕に「ごめんね」と言ってきた。


僕はまた泣いてしまった。


僕ら家族の為にいつも頑張ってきてくれた母。
僕ら家族が仲良くやってこられたのは
間違いなく母のおかげ。


そんな母との残りの時間が
本当にあとわずかしか残っていないのなら


母のこんな悲しそうな顔は見たくないし、
僕といるときだけでも穏やかな気持ちでいてほしい。


少しでも母の笑った顔を
この目に焼き付けたい!
少しでも前向きであってほしい。


母からの「ありがとう」
という言葉だけで僕は頑張れる。


様々な事を考えながら、
僕も泣いてはいたけれど
深呼吸をして笑顔を作り、


はつみ、謝ることなんかないよ。
これからは
「ごめんね」じゃなくて「ありがとう」って言おう。
だって俺はつみのこと大好きだもん
はつみの為ならおれがんばるよ
全然謝ることなんてないよ

と言った。


そしたらはつみも


「そうだね^^ありがとう^^」


と笑顔で言ってくれた。


このやりとりも今でもすぐに思い出せる。
それほどまでに、あの時こう言えて良かったと
思えている。


僕にとってこの日のこのやりとりも
母との忘れられない大事な思い出です。


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