20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

2017年11月

年末年始が終わり、1月の2週目に入った。その頃には鼻の中から入れていたチューブも取れていた。しかし徐々に母の意欲が無くなってくる。鼻のチューブは取れたものの、体力をつけるためにも引き続き、病棟内を歩いてほしいと先生から頼まれていた。僕は先生に言われた通り、 …
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12月22日に入院し、癌が見つかり、余命宣告を受け人工肛門になり、鼻から管を入れて我が家の2008年は11月までは例年と変わらなかったが12月に入り年末にかけて一瞬にして絶望の年へと変わった。この当時バイトしていた所で毎年恒例の大掃除があったのだが、お母さんのそばに …
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鼻からチューブを入れ終わり、母が病室に戻ってきた。しかし母は憔悴しきっていてとても会話ができるような雰囲気ではなかった。精神的にも肉体的にも疲れ切っているのが見て取れた。僕ら家族は母が回復するまで1人ずつ交代制で看病した。そして夜になった頃には母もだいぶ落 …
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母は腸閉塞を患ったことで食べた物を腸がうまく運べていない状態になり、食事を摂れず、点滴で賄っていた。思えば母は腹痛を訴えた12月上旬から約2週間、何も口にしていない生活を送っていた。そして入院して数日が立ったある日主治医の先生が、母の病室に訪れた。その時、母 …
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僕の心はボロボロだった...。心の中に「死にたい」「死ねたら楽だろうな..」などと自分の命を軽視する考えが出てきてしまった。この気持ちはたしか2、3日続いた気がする。母の病室で、母の寝顔を見ながら(もしおれが死んだら、父からおれが死んだと聞いてショックを受けるん …
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いつもどおり僕は毎日時間の許す限り母のお見舞いに行った。少しでも一緒にいたい。少しでも母との思い出を作りたい。少しでも母の笑顔をこの目に焼き付けたい。そんなこと思いながら母との残りの時間を過ごしていた。でもやっぱり母の笑顔を見る度にいつまでもこの笑顔を見 …
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30代がスタートしました。9月下旬にこのブログを始め、約1ヶ月。「ブログを書いていてくれてありがとう」「泣きながら読みました」など最近では心温まるコメントやメッセージを頂けるようになり、自分の想いが確実に誰かに届いていると感じられ嬉しい限りです。また反対に「 …
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【番外編】天国の母からの誕生日プレゼント

一昨日の誕生日は上司が気を利かせてくれ休みをもらえた。そんな僕に母から誕生日プレゼントを貰えた気がする出来事が2つあった。朝2階で洗濯を干していた時、道路を歩いている人に視線を送ると背丈も体形も服装も母と瓜二つの女性が奥から歩いてきた。おそらく年齢も亡くな …
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私事ですが今日で30歳になりました。やはりこういう節目の年齢になる時は毎回感慨深いものですね^^20代を振り返ってみると21歳で母を亡くして22歳で就職をして26歳で転職して29歳で父と祖母を亡くしたりと凄い濃い10年間でした…。まさか20代で両親と別れることになる …
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依然として母は元の元気な体に戻れると希望を持っていた。しかし母も唯一、今回の手術をしたことで今後の生活に不安を持っていることがあった。そうそれは人工肛門。癌細胞が邪魔をして自然な排泄ができなくなった為、便を排泄するために胸の下あたりに人工の肛門を作った。 …
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