20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

僕は21で母を、29で父を共に癌で亡くしました。 僕の経験や想いを書きます。 このブログが一人でも多くの方の心に届いて 心の宿り木のような存在になってくれると嬉しいです。

2017年10月

両親を癌で亡くした僕が経験した出来事を書きます。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

一緒に寝たいよ

母の癌は必ず治る!と
1人で勝手に期待していた僕。


先生からの言葉で
残酷な現実に戻らされた。


期待していた分、
そのショックは相当大きかった・・。


気持ちの整理がつかず、
僕は1階のロビーの椅子に座り
気持ちを落ち着かせようとした。


今にして思えば、
母の前では明るくいなくては!
と常に自分自身を必要以上に追い込んでいたと思う。


時間にしてどのくらいだっただろうか。
水を取りに来たのに、あまりにも時間がかかれば
母に疑問を持たれるからと、長居はしなかったと思う。


病室に戻ると何の話の流れだったかは
覚えていないけれど、


母だけは元気な体に戻れると思っていたので、
母と退院してからの生活について話をした。


母は退院してすぐには、
洗濯物を2階に持っていくのが
できないから僕にやってほしいと
頼んできた。


「もちろん!持って行くだけじゃなくて、干すのも畳むのもやるよ」
と言葉に力を込めて答えた。


無理だとはわかっていたけれど
話を合わせたわけではなく、
母が帰って来た生活を
期待というか
夢見て僕は答えた。


だけど、それ以上に僕としては



「退院できるかもわからないこと」



「普通の生活には戻れないこと」



がわかっていたので辛かった。



「あれもしたい!これもしたい!」



「あれをしなくては!これもしなくては!」



など母から出てくる言葉は
前向きな事ばかりだったので
余計に辛かった・・。



でもこの時、
僕は母に一つのお願いをした。


それは絶対に叶わない事だと
わかっていたけれど......。



それは僕の心の底からの願いだった。
言葉にしようとする時には
目には涙が溢れていた。



「家に帰って来れたら、子供の時みたいに
一緒の部屋で布団を引いて寝よう。
また一緒にはつみと寝たいよ」



言葉の後半から僕はもう
むせび泣きながらだった。


母はまた僕の頬から流れる涙を
親指で受け止めてくれて


「そうだね。久しぶりに良いかもね^^」


と優しく微笑んでくれた。
僕はその穏やかで優しい笑顔を見て
余計に母が恋しくなり、さらに泣いた。



結局僕のこの願いは叶わなかった・・。




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【番外編】カエルの画像の意味 ~無事カエル~

今日は番外編です。


まず皆さんにお礼を言わせてください。
おかげさまでこのブログを始めて
約1ヶ月。


文章力も構成も乏しいにもかかわらず、
おかげさまでたくさんの方にご覧頂き、


1日平均200人の方に訪問いただき
1日平均1200PVになりました。


これもひとえに皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます。


これからもどうかお付き合いのほど
よろしくお願い致します。


また嬉しいことにLINE読者に
2名の方が登録下さっており、
とても励みになります!!


このブログを書こうと思ったのも



「僕の経験が誰かの役に立ってほしい」



「大切な人との関係を見直そう」



「大切な人と過ごす時間を大事にしよう」



など何かのキッカケになってくれれば良いなと
強く思ったからです。



どれだけの人の心に響くはわかりませんが、
1人でも多くの方に届くと信じて、
これからも書き続けます。



さて前置きが長くなりましたが、
今回はなぜ僕のプロフィールなどが
カエルのぬいぐるみなのかということ。


興味がない方もいらっしゃると思いますが、
今日はこのカエルについてのエピソードを書きます。


母は生前、ぬいぐるみが大好きでした。
その中でも特にカエルが好きでした。


母が可愛がっていた
カエルのぬいぐるみがこちらです。


jpgjp-



一番大きい黄緑のカエルが
母の一番のお気に入りでした。


母が元気で家で暮らしていた時は
母はいつもこのカエルと一緒に寝ていました。


そして母が入院した時に
僕はただ単純に、深い意味もなく、
母が喜んでくれればという思いで、


このカエルのぬいぐるみを
病室に持っていきました。


すると母はとても喜んでくれました。


そして次の瞬間、
母は涙を堪えるように


「無事カエル(帰る)って意味だね^^」
そういうと嬉しそうに
そのカエルのぬいぐるみを
抱きしめました。


あの時の母の顔と声は
今でも頭の中に残っています。


そしてその後、母が亡くってすぐ
僕は運命的?な不思議な体験をしました。


母が亡くなり、葬儀などひと段落したある日
僕は自転車で20分ぐらいのショッピングモールに行きました。


僕の記憶ではショッピングモール内にある
ノジマ電気に洗濯機の「くず取りネット」を
購入しに行ったのだと思います。


母が亡くなって
僕は軽い引きこもりになり、
体がなまっていたので、
いつもならエスカレーターを使うのですが、その日は階段を使い、
6階のノジマ電気を目指しました。



すると5階に着いた時、
階段の横に雑貨屋さんがありました。


僕は雑貨屋さんには興味がないので、
普段なら見向きもせず素通りするはずなのに
この日はなぜか雑貨屋さんに足を踏み入れました。


そして商品棚に目をやると僕は
ドキッとして心臓が止まったような感覚になりました。


IMG_0042 (2)



そこにはなんとカエルのぬいぐるみが販売されていたのです。
しかも母の体形に似たまん丸とした太ったカエルが・・。


僕は涙がこぼれないように
店内で必死に堪えました。


「母に似た体形のカエルのぬいぐるみ」


「母が大好きだったカエルのぬいぐるみ」


僕は「これは母の生まれ変わりだ!」と
都合の良い解釈をしてすぐにレジに向かいました。


「あの時エスカレーターで6階に行っていたら
この雑貨屋さんには気づかなかった」


「あの時階段で行ったからここに辿り着いた。」


偶然だったのかもしれません。


でも僕は信じたい。


生まれ変わった母が
僕を呼んでくれたのだと・・。


ちなみに僕は今年でまもなく30歳になります。
しかし恥ずかしながら未だに
このカエルのぬいぐるみを可愛がっています^^


IMG_20170720_220045


馬鹿で気持ち悪いと思われると思いますが、
母の生まれ変わりだと信じています。


また写真上げるかもしれませんが
その時はお許しください^^;


では今日はこの辺で^^


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打ち砕かれた浅はかな考え

目が覚めると悪夢の前日から
次の日の朝になっていた。

涙のせいで枕が湿っていて
なんだか気持ち悪かった。

僕はベットの上でこれからのことを
自分なりに色々と考えた。

母が入院している病院は
家から自転車で10分以内の所にある。

面会の時間までまだ時間はたくさんある。
そこで僕はさらに考えた。



まだ死ぬと決まったわけじゃない



何か治る方法があるはず



先生は3ヶ月と言ったけれど
まだなにか手はあるはずだ



この時の僕は母の為に何かできることがあるはずだ
と思い、無我夢中だった。


もっとも「末期癌」という意味や「残された時間があとわずか」
という現実が理解できていなかった。



無我夢中で癌についてインターネットで調べていると


「笑うと癌細胞は死ぬ」という説を発見した。
「これだ!病院に行ったら母をたくさん笑わそう!」
と純粋に喜んだのを今でも覚えている。


そしてもう一つ。


日本最大のがん専門病院
公益財団法人がん研究会 有明病院



の存在を知り、僕のテンションは上がった。



しかも同じ東京にあることを知り、



「ここならきっと、はつみの癌を治してもらえる!!!」



その時の僕は本気でそう思った。


家からお見舞いに行くのは大変だけれど、
はつみの命がかかっているから背に腹は代えられない。


「父と兄が仕事から帰って来たら提案しよう」
と真剣に考えた。


また癌にはステージと呼ばれるものがあること。
ステージがⅣまであり、数字が上がるにつれ進行していることを指すこと。


この時僕は癌にステージがあること
初めて知った。


それほどまでにこれまでの僕の21年間の人生には
無縁のワードだったから。


ただ末期癌がどれに該当するのかは
この時点ではわかっていなかった。


そうこうしているうちに気がつくと
面会開始時間を過ぎていた。


大学生で冬休みだった僕は
すぐに母の病院へ向かった。


病室に着くと早速、
僕はたくさん母を笑わせようとした。


本人にはまだ癌であることを隠さなければならなかったので
がん専門の病院の事は言えなかったけれど、たくさん笑わせようと
明るく振舞った。


そして母に水が飲みたいと言われ、
1階にある無料の水を取りに向かった。


すると奥の方から、主治医の先生が歩いてきた。
僕は早速調べたことを先生に聞こうと
エレベーターに乗ろうとする先生に声をかけた。


僕は朝調べた事を期待や恐れを抑えながら
先生に問いかけた。


「インターネットで調べていたら、癌の専門の病院があるとわかりました!
そこでなら母の癌は治りますよね?」


「母のステージはいくつなのでしょうか?ステージⅠかステージⅡですか?」


など今考えると主治医に対して失礼な事ばかり聞いてしまった。


それほどまでに僕はまだ治ると確信していた。


一通り僕の質問が終わると先生は悲しげなというか、
なんて声を掛けたらよいのか、困ったような顔をしながら



「残念ながら昨日もお伝えしましたとおり、お母様の癌はもう末期なのです。」


「私達にはお母さんの残りの時間少しでも長く延ばしてあげることしかできないのです。」


「お辛いでしょうが、残りの時間を少しでも長くお母様の傍にいてあげてください」


と言い、先生は僕にお辞儀をして、
そのままエレベーターへと乗っていった。


1人で勝手に舞い上がっていたから余計に
現実の希望のなさに打ちのめされた。


僕の浅はかな考えは
いとも簡単に砕け散った…。



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それぞれの

手術が終わり、病室に戻って来て
少し落ち着いた頃にはすでに19時半を過ぎていた。


母が「色々とみんなも疲れただろうからそろそろ帰りな」
と僕らの事を心配してくれたので、その言葉に甘え僕らは帰路に着いた。


ただ母の病室から出た後はみんな、ほとんど会話をしなかった。
というよりあまりにもショックが大きすぎて、
会話をする気にすらならなかった。


家に着き、食事やお風呂を済ませた後
いつもどおり父は一人でビールを飲んでいた。


我が家では父だけがアルコールを飲める。
その上、父はビールが大好きで350の缶ビールを2本飲むのが日課だった。


しかしこの日の夜は違った。


やり場のない怒り、


余命を告げられたショック、


最愛の人との別れが近い現実、


常に冷静で温厚な父がこの日の夜だけは違った。


缶ビールを6~7本飲み、ベロベロに酔っ払い、


泣きながら


「おれは〇〇医院のあいつを絶対に許さない」


怒りを噛みしめるように


「あいつは毎週はつみを診ていたのに、末期癌に気づかないだなんて」


僕はそんな父の姿を見て、さらにショックを受けた。
こんな事を言うような父ではないのに、と・・。

兄はというと、もともとドライというか、
父以上にある意味冷静な人の為、
ほとんど取り乱しているようには見えなかった。


後から本人に聞いた話では
長男ということもあり、自分だけは冷静にいなくては思っていたらしい。
それと僕が毎日ピーピー泣いていたから、
母を不安にさせたくなかったとのことだった。

僕はというと、一人になるとひたすら泣いていた。


別れたくない


もっと一緒にいたい


死んでほしくない


怖い


嫌だ


父と兄に余計な心配をかけられない



色んな不安な感情に襲われ、
横になりながらもずっと泣いていた。


無意識にも泣いていて、夜中
隣の部屋で寝ていた兄が、
心配して僕の様子を見に来るほどであった。


僕の頭の中はずっと母の事でいっぱいだった。
大学生だった僕にはこの現実が
あまりにも残酷で、到底向き合える事ではなかった。



そして眠りから覚めた僕は、
浅はかな考えを思いつく・・。




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[番外編]僕の考え方

どんなに金持ちだろうと

どんなに人望があろうと

どんなに貧乏だろうがと

どんなに嫌われていようと

人生でどれだけ凄い事をしようと



人は必ず死ぬ。
それがどんな人間だろうと平等だ。


だからこそ今この瞬間、瞬間を
できる限り大事に過ごしたい。


1分でも多く、


1時間でも多く、


1日でも多くだなんて


言わない。



「今日も良い1日だったな~」
なんてなかなかそう実感できる事は僕にはほとんどない。


でもこんな僕でも


疲れてお風呂に入っている瞬間


あったかい布団に入って眠ろうとしている瞬間


好きな選手がホームランを打った瞬間


など


満喫できている「瞬間」を実感することはたくさんある。


そしてその回数を1回でも多くしたいなあと思いながら生きている。



イライラすることもいっぱいあるけれど



「腹が立つ相手や物事を考えてイライラしているのは勿体無い!」



「そんな暇があったら楽しい事、好きな事を考えよう」



「今こうしてイライラしている間も、どこかしらに楽しんで笑っている人がいる。」



「だったら自分もそっち(楽しく過ごしている)側に行こう^^」



と考えるようにしたら、イライラがすぐに収まるようになった。




「怒り」の感情に支配されているのが馬鹿馬鹿しいし、



そんな時間が勿体無い。





皆さんも良かったら、実践してみてください^^
不思議とイライラしなくなりますよ^^




今日はこの辺で^^





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