覚悟はしていたとは

朝から父に付き添い病院へと行き、
癌の疑いがあると言われ、


母の時のジェットコースターのような
怒涛の悪夢を突き付けられる事は無かったものの、


一旦家に帰り、張り詰めていた緊張から解放されたからか
母の遺影の前で号泣してしまった僕だが、


母に今感じている事や思っている事を吐き出せたのもあり
そして何より母から励まされていると感じた僕は
次第に下を向くのではなく、前を向けるようになった。


母の経験があったからこそ、
父との残りの時間を
目の前の事にただただ一喜一憂して
泣きながら進むのではなく、
一日一日を噛み締めていこうと思った。


そして僕は涙が収まり
母に2つの誓いを立てた。


一つ目は約束。


この日僕は何度か、


【もし母が生きていたらどうだったろうか…】


と考えた。


もちろん母が生きていたら
一緒に病院に連れ添ってきたのは間違いないが、
母が健康で父に癌の疑いがあると判明した時、
家族大好き人間で心配性の母が居たら
どんな感じだったのだろう。


きっと母の事だから自分の事は二の次で
僕の事も心配してくれていたと思う。
もっとも僕と母の事だから2人で
大好きな父を想い2人で
一緒に泣いていたかもしれない…。


こうした想いは自宅に帰り
母の遺影を見ていると
より強まった。


母は無念だろうな…。


目の前で泣きじゃくる僕の横で
一緒に悲しみを分かち合いたかっただろうな…。


肉体が無くなって今凄く悔しかったり
もどかしい思いをしているのだろうな…。


などと母の立場になって
僕は色々と考えた。


そして僕はこうした母の無念な気持ちを感じて
使命感のような沸き上がる想いが込み上げてきた。



そして母に泣きながらも
母の遺影をしっかりと力強く見つめて
こう約束したのを今でも覚えている。


「おれ…はつみの分まで、信ちゃんの事しっかり支えるよ!」


と。


専業主婦だった母が生きていれば
きっと毎日病院に行き、長時間父の傍で看病したり、
働く僕と兄の為の家事をするために
一日に何度も病院と家を往復した事だろうと
勝手に想像した。


いや、というより
家族大好き人間な母の事だから間違いないと
僕は亡くなっても母の事もそう信じられた。


母はもう居ない。
だから母の分まで僕は
父のお見舞いや父の面倒をしっかりと見ようと
母にこの時誓ったのだった。



幸い、僕の仕事はお昼12時出勤がメインだったので
朝は毎日病院に行けると確信が持てたから。


そして僕は次に
母にもう一つの誓いを立てた。




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