母と死別してから僕にはずっと
避け続けていた場所があった。


その場所とは母が入院し、
母が亡くなった病院。


僕は母と死別してから
その後の手続きなどで
病院に行ったものの
最初の数年間は
ずっとこの場所を避けていた。


家から自転車で10分の場所にある病院。
僕は出来る限りこの病院の近くに行かないようにした。


自転車で買い物に行く時も
この病院がある道を通るのが
最短ルートだったとしても
あえて遠回りをして出かけていた。


バスで行くときは
この病院が視界に入らないように
病院側と反対側の席に座るほどだった。


ようやく5年ぐらいが過ぎた頃には
やっと病院の前を通る事ができた。


でも病院を見る度に
当時の母が入院していた
4階と9階に目をやり、


(あそこにはつみが居たんだ…)



などと母を思い出し
目を潤ませていた。


それが毎回だった。


この病院の前を通る度に
当時の事が走馬灯のように思い出されて
母が恋しくなった。


だから出来る限り
ずっと避けていた。




そして病院とは別にもうひとつ。
そこは母との思い出の詰まった場所だった。


それは東京湾アクアラインの海ほたるだ。


母が元気だった頃
何回も何回も家族でドライブをして
この海ほたるに何度も足を運んだ。


写真をたくさん撮った。
その中でも母と一緒に撮った
地球儀のモニュメントを見る度に
胸が絞めつけられるような感じになる。


今こうして海ほたるの事を考えるだけでも
目頭が熱くなってくる。


家族で海ほたるに向かう車内で
コブクロさんの「風」という曲をよく聴いていた。


当時紅白で初めて聴いて
気に入り父も母も
「良い曲だね」と

お気に入りの曲だった。


この曲を聴くと
海ほたるに一緒に行った
当時の記憶が鮮明に思い出される。


失恋を歌った曲だと思うので
本来の意味とは違うかもしれないが
凄く共感出来て聞く度に熱いものが込み上げてくる。


父も母も亡くなったのが2月。
毎年春が来ると何とも言えない気持ちになる。
そこも共感できる点かもしれない。






忘れることは絶対にしないけれど
一緒に居る事で母との悲しい気持ちを
喜びで上回ってくれるような人が出来ない限り
僕はこの海ほたるにはこの先も
自分から行く事はできないだろう。


いつか僕にもそんな人ができたらな。
きっとはつみも喜んでくれるだろうな。






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