明日は父と病院に行く日。


これまで以上に
この時が初めてだったかもしれない。


父が居なくなった(=死別した)場合の
生活を考えたのは…。


もしそうなった場合
もう頼れる人はいない。


今までなら父が何とかしてくれたが
父が居なくなってしまったら
自分で考えて自分で行動して
生きていかなければならない。


それはただ仕事をすることではなく
家の事やお金のやりくりなど。


恥ずかしながら当時28歳。
家の事は父に任せっきりで
お給料が入っても
最低限のお金だけ父に渡して
あとは好きな事に思う存分
お金を使えるという夢のような生活。


何か家の中で不備が起きても
父がなんとかしてくれる。


何にいくら使って
もし不備が起きた場合どうすれば良いのかなどと
考えた事はなかった。


情けないことに僕は父が明日
入院してしまうかもしれないと危機を感じたことで
ようやくこうした事に目を向けるようになった。


この日は母の命日。
照れくさくて最初の数年は
家族3人で母の墓参りに行っていたが
この頃には別々に行っていた。


家に帰ると僕は
いつものようにリビングでパソコンをしている
リラックスした状態の父に声をかけた。


本音を知られたくないのと、
こんな事を僕に聞かれて不快な気持ちにならないかと
父を心配しながら僕は照れを隠し、言葉を選びながら
父にこう話しかけた。



「信ちゃん、明日から入院してしまうかもしれないじゃない?」



「もしそうなった時の為に信ちゃんが帰ってくるまでの間、家の事を俺がやるから色々と教えてほしいんだよね」


父に「帰ってくるまでの間」と言ったが
僕の本音としては、
もう帰って来られない可能性の方が高いと思っていた。


どこまで聞けるかもわからない
素面の父では照れ屋だからちゃんと答えてくれるかはわからないが
僕は勇気を出して聞いた。


すると父は僕の予想に反して
事細かに、丁寧にわかりやすく教えてくれた。


今にして思えばきっと父もどこか覚悟していたり
近い将来の為に僕に包み隠さず
教えようと思ったのかもしれない。


毎月何にどのくらいのお金がかかっていて
どの口座から引き落とされているのか
などと教えてくれた。


こんなに丁寧に父が教えてくれるとは思わなかったし
僕も次々と聞きたい事ができて、さらに質問を続けた。


母が入院した際には役所に行って
「高額療養費制度」の手続きを行い
家計の負担を軽減できたと教えてもらい、
自分が入院することになったら
役所に行ってその手続きをしてほしいと頼まれた。


僕はこの時初めて「
高額療養費制度」という言葉を聞いた。
これからお金がたくさんかかるのだろうと
経済面でも心配していた僕にとって
この情報は凄く気持ちを落ち着かせてくれた。


それと同時に母の闘病中に父が
僕らの知らないところで
役所に行ってこの手続きを行ったくれていた事に
父に対して感謝の想いが芽生えた。


そしてこの時、この感謝の想いを
父に直接伝える事ができたのが
本当に良かった。


僕はこういった父から教えてもらった事を
後から見返してもわかるようにと
丁寧にノートにメモを取った。


父は僕のメモを取るスピードに合わせて
丁寧に説明をしてくれた。



そしてついには
父と禁断の話までする事となった。




闘病記ランキング
↑↑ ポチっとそれぞれクリックお願いします