20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。
僕の経験や想いを書いています。
死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか
たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。

身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

2016年2月3日。
いよいよ父と一緒に
病院に行く日になった。


緊張しているせいか
この日は起きた時から
はっきりと目が覚めた。


当時家に居た父は
僕の目には元気な頃と
何も変わらない姿だった。


そして心の中で



(きっと大丈夫!はつみが守ってくれる)


と何の根拠も確信もないにもかかわらず
僕はそう自分に言い聞かせて
平静を装った。


父に確認して
タクシーで行くとなり
家から徒歩5分ぐらいの駅の
タクシー乗り場まで
歩いて行くことになった。


父も入院を覚悟していたのだろう。
兄の送りは引き続きやっていたので
運転する元気と気力はあるが
自家用車で病院に行くとは言わなかった。


もちろん父がそんな事を言ったら
僕は全力で止めるつもりだったが。


僕はカバンの中に
いつものように
母の遺影を入れた。


不安な時、傍にいて欲しくて
母に一緒に来てもらう事にした。


そしていよいよ家を出る。
玄関で先に靴を履き始めようとする父。


僕は靴ベラを父に渡し
父の背中を見つめた。


そして背中越しに


(これが信ちゃんの最後の家から出かける姿かもしれない)


と目に焼け付けようとしたが
同時に目が真っ赤になってしまった。


父はフゥーと息を吐きながら
ゆっくりと靴を履き終わった。


そして外に出て門を出て
一緒に歩き始める。


僕は父の後ろを歩く。


そこに会話はない。


前を歩いている父の歩くスピードは
遅いと思わなった。


普段に比べれると
多少遅いかなと思ったが
歩く姿を見てもそこまで
元気な時と変わらないと感じて
ここでも僕は安心していた。


ちょうど家と駅のタクシー乗り場までの
中間地点にはお寺がある。


そこには
母が眠る墓がある。


僕はお寺の脇を父と歩いていると
母のお墓の方向に向かって
心の中で懇願した。



(はつみお願い!!信ちゃんを守って!!)



僕はそう心の中で母に願うと
目を真っ赤にした。


だがそんな僕の願いも
ほんの一瞬であっけなく
打ち砕かれた。


母のお墓の方向から
前を歩く父の方に目をやると
すぐに父の足が止まった。


僕は激しく動揺した。



とりあえず道の端を歩いていたが
僕は父を壁側に立たせ
僕は車道側に立ち
僕より身長の低い父の為に
少しだけひざを曲げて
父に左腕を貸した。


父は右手で僕の左腕に手をかけた。
父の力で僕はさらにぐっと力を入れて
その場に立ち、
目を真っ赤にしたまま
父に目を向けた。



父の呼吸が荒い。


「ハァハァハァ…」


これが信ちゃんの言っていた

自覚症状か…。


僕はそんな父の姿を見て
必死に声を殺しながらも
涙が止まらなかった。


父に泣いている事を悟られないように
顔をくしゃくしゃにして
父とは反対側の右斜め下に
視線を落としながら泣いた。



そして自分を責めた。


(俺はまた同じ事を…なんでこんなに近くにいたのに…)



(はつみの時の経験を全く生かしていないじゃないか)



(信ちゃんごめん…本当にごめん…)



(こんなに近くに居ながら俺は信ちゃんの異変に気付いてあげられなかった)


母が亡くなった時の経験から
父に何か少しでも異変があったら
すぐに病院で検査してもらい
病気が見つかる時には手遅れな状態ではなく
初期段階で済むように
父の事をはつみの分まで
俺がしっかりと守る!
と心に誓ったのに
また同じ過ちを犯してしまったと
混乱したのを覚えている。



目の前で苦しんでいる父にかける言葉もなければ
これから始まるであろう途方もない恐怖と不安に
押しつぶされそうでただただ父が再び歩き出すのを
隣で泣きながら見守る事しかできなかった…。




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コメント

 コメント一覧 (8)

    • 1. yuuji16
    • 2019年01月17日 21:51
    • 5 ゆうじさん今晩は😃ゆうじさんちゃんと食べてますか❔天国の愛するおかんが心配するからお互い気を付けましょうね😁(笑)ゆうじさんのお父様は幸せだったと思いますよ。何故ならばお母様が先に天国へいかれてからお父様自信おなくなりになるまでゆうじさんとお兄様がずっとそばにいらっしゃったわけですから。もし仮に一人ぼっちだったとしたら今問題になっている孤独死されてた可能性もあると思いますね😭。お酒片手に発見されるのが…😢そんなことが今の日本では頻繁に起こっているわけですしね。早く亡くなられたのは本当に悲しいし残念ですけど😭きっと今頃お母様と二人でゆうじさんに感謝されてそして安心されているのは間違いないと思いますね🍀
    • 2. yuuji16
    • 2019年01月17日 22:45
    • >>1
      こんばんは^^ なるべく自炊していますが、母が居た時は朝昼晩と規則正しくしっかりと食べ、社会人になってからは父が居た時は朝晩だけしっかり食べるようになり、今では晩だけ自炊であとは軽くといった感じですね…。
      父が幸せだったと思うと素敵な言葉をありがとうございます。僕も最愛の人を失った父がこれ以上悲しまないように僕が母の分まで父を大事にしようと思って大事に大切に接することができたので父とは29年間良い時間を過ごせたと思っています^^
      一方で母とは21年だけでしたからお互いもっともっと一緒に居たかったと感じているので母の子供で幸せではありますが、父とは違い無念というのが正直な気持ちです。
      でも21年しか入れなかった分、絶対に家族大好き人間の母は僕と兄のそばに居てくれているので僕は嬉しいし安心して生きてこれています^^
    • 3. セザール
    • 2019年01月17日 23:49
    • ゆうじさんのお父様の作る朝ごはん🌄🍴焼き魚美味しかったんでしょうね😆自分もおかんの作った🍢おでんにハンバーグにポテトサラダ🙆本当に美味しかったなあ😭と今も思い出しますね❗一人食べる🍴ご飯は味気ないし( ;∀;)自分のおかんは食いしん坊だったから二人でよく百貨店でお茶🍵😌✨したなあ🍰ケーキも頼んで家族一同で行った焼き肉も今では本当に懐かしい思い出(*´・ω・`)bね
    • 4. yuuji16
    • 2019年01月18日 20:42
    • >>3
      セザールさんコメントありがとうございます。そうですねいつも僕の起床して顔洗ってご飯を食べるタイミングに合わせて焼き魚を用意してくれたので本当に美味しかったです^^
      セザールさんのお母様は料理上手な方だったのですね。お母様はこうして今もセザールさんに美味しかったと思ってもらえていて喜んでいるでしょうね^^
      百貨店でのお茶や家族一同で行かれた焼肉など心にいつまでも残っている思い出があって本当に素敵です^^文面からお母様への愛情がビシビシと伝わってきて心がホッコリしました^^
    • 5. セザール
    • 2019年01月22日 01:30
    • 5 冷たい月🌕スーパームーン🌕あなたのいないこの世界は温もりや光さえない…😢泣いてなんかないただ涙がこぼれるだけ( ;∀;)ゆうじくんありがとー😭✨
    • 6. yuuji16
    • 2019年01月23日 00:11
    • >>5
      母の戒名には「月」という字が入っているからか、無意識に月を見ることが度々あります。
      いつも決まって仕事帰りの家のすぐ近くで見上げて見ます。月を見る度母を思い出し時には母が恋しくなり涙が込み上げてきます…。


    • 7. yuuji16
    • 2019年01月30日 00:01
    • ゆうじさん初めまして。ここ一か月くらいすごく辛い事があり、引きこもってネットばかりしているマコです 。今から15年程前、私も母を当時15歳の高校生の時に癌で亡くしました。父は離婚して音信不通だったので、兄と2人親戚に頼り生きてきました。親を早くに亡くす事の辛さ、苦しさ、痛い程分かります。何年経っても、悲しみは消える事は無いですが、受け入れて生きていくしか無いんですよね。また覗かせて頂きますね。
    • 8. yuuji16
    • 2019年02月01日 14:10
    • >>7
      マコさんはじめまして^^コメントありがとうございます。
      ほぼ僕と近い年齢の方ですね。15歳の時にお母様を亡くされたのですね…。
      多感な時期にまた自分達だけでは経済的にも自立などできない程遠い年齢ですし、いくら親戚とはいえ、甘えることもできなければ、常にその親戚の方たちに申し訳ない気持ちが付きまとっていたのではないでしょうか…。あくまで僕が自分で置き換えて考えるとそう思います。やりたい事、欲しい物があったとしてもこうして親戚である自分達の面倒を見てくれている、これ以上のわがままはダメだと、いつしか自分の気持ちに蓋をしていわば、心が休まる事はなかったのではないかと勝手に想像してしまいました…。
      本当にマコさんはこれまでよく頑張って生きてこられましたね…。なんだか胸が締め付けられました…。

      15歳という若さで親を亡くすのはそれほど過酷で残酷で辛い日常だと思います…。
      マコさんが僕に共感してくれたように今回マコさんから頂いたコメントを拝見して僕もマコさんに共感しました。僕のブログがマコさんのこれまでの辛い経験を少しでも癒せたり、改めて向き合ったり、何か一つでも良い影響を与えられたら嬉しいです><
      これからもお時間ある時にご覧ください。

      そしてまたコメントお待ちしています^^
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