日勤の仕事に就き
気持ちに余裕が持てて
父との時間がたくさん取れた。


母が居た頃は仕事が休みの週末の
昼食と夕食を作るのが父の担当だった。


でも逆を言うと
洗濯やお風呂洗い、食器洗いなどの
家事全般は父は全くやらなかった。


しかし母が亡くなってからというものの
最初のうちは学生だった僕が自分のできる範囲で
母の代わりに家事全般を担当していたが
僕も就職してからは少しずつ手が回らなくなり
また気持ち的にも自分の事で精一杯だった。


だから父と兄と3人で
力を合わせて互いに手が空いている者が
家事をやりなんとか毎日過ごしていた。


父が定年退職してからは
父は母が居た頃には想像もできないほど
家事全般を生前の母と同様にやってくれた。


母が居た頃には家事に対して
母が全部をやってくれていたので
大変さもわからなければ
ありがたみも感じていなかった。


でも母が居なくなってから
いざ自分がやるようになって
こうした身の回りの事が
どれだけ大変でどれだけ母が
僕ら家族のために
無償の愛をくれていたのかと
大切な事に気づく事ができた。


そして今度は父が母の代わりに
僕と兄の為に無償の愛をくれている。


2015年の年末頃、
僕は父に日頃の感謝の想いを
告げることができた。


夕飯を食べながら僕は
父に向って


「信ちゃんのおかげで毎日充実しているよ^^本当にありがとう^^」


「信ちゃんが身の回りの事をしてくれるから休みの日は河川敷に運動しに行って帰って来たらお風呂沸かしてくれているし、御飯も欠かさず毎日しっかりと手作りだし。」


「信ちゃんのおかげだよ^^」


と僕は酔っぱらった父に向って
素直に自分の言葉で日頃の感謝の想いを伝えることができた。


普段の父だと照れてはぐらかすので
あえて酔っぱらった状態の父に言った。


父は僕の言葉を聞いて凄く嬉しそうだった。
酔っぱらっていたとはいえ父のその嬉しそうな顔は
僕にとって今も心に残る大事な宝物だ。


父は「それじゃあまだまだ死ねないな^^」


と嬉しそうだった。


僕はそんな父の顔を見て
お願いをした。



「まだ68だしあと10年は生きてほしいな」



と何気なく言った。



そして間髪入れずに


「でも10年だとまだ78歳か、78じゃ死ぬには早いからあと20年は生きてもらおうかな^^」


と父に問いかけた。



すると父は
これまた嬉しそうに


「まあがんばるよ^^」


と答えてくれた。


そんな父の顔も見て
僕は楽しい話をしようとしたつもりでいたのに
突然涙がこみあげてきてしまった。


母の最期の1ヶ月が
走馬灯のように頭の中を駆け巡り


「あんな辛い思いは…しばらくしたくないから…」


と目を真っ赤にして
父に懇願した。



父は僕が泣くと嫌な顔をせず
穏やかな表情になる。


この時もそうだった。



「心配するな^^父ちゃんは健康だから^^」



何の根拠もない父の言葉に
僕は思わず


「なんだよそれ(笑)」


と泣きながら笑って答えた。





この夜、父と交わした約束は
守られる事はなかった。


この3年後
父は帰らぬ人となる。


この時の僕はまだ
そのことを知らない。


だがこの夜の父とのやりとりは
僕の父との大切なやりとりの中のひとつとして
今も心に残る大きな支えとなっている。






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