母が亡くなって早6年。
僕は母が亡くなってからしばらく経ってからは
僕はもう父と兄を含め人前では決して泣かなかった。


自分の気持ちに感情に
何重にも何重にも蓋をして
この6年過ごしてきた。


この当時は未だに母が亡くなった事に対して
向き合えず受け入れられず
母と過ごした時間軸とは別の時間軸で
生きているような感覚だった。


しかしとてつもなく母が恋しくなると
その蓋が簡単に外れ、誰もいない時は
母の仏壇でワンワン泣いた。


今の自分は人前でワンワン泣いていた自分とは違う。
父と兄の前で母の話をする時は気持ちを入れすぎないように
話すようにしていた。


ちょっとでも気持ちを入れてしまうと
簡単に涙が出てしまうから…。


ある日の夕飯。
この日僕は仕事が休みで
父の作ってくれた夕飯を食べていた。


父はいつも通り僕が食べている姿を見ながら
テレビを見つつ良い具合に酔っぱらっている。


普段の父は口下手であまりしゃべらない。
しかい酔っぱらうと饒舌になる。


母が亡くなって父が定年してからは僕は出来る限り、
酔っぱらった父の話し相手になるように努めた。


母の代わりではないけれど、父の相手を拒否したら
父がかわいそうだと思ったから。


しかしたまに誰かの悪口などを言う時があって
そういう時は流石に聞いている僕も
気分が悪くなるので無視することもあった。


この日は何の話の流れで
そんな話になったのか覚えていないが
父が結婚当初の苦労?話をしてくれた。


父は京都出身。
本人曰く生まれは京都なものの
色々な所に引っ越したらしい。


実際問題、僕が小学校低学年の頃に
父方に帰省した先は高知だった。


父の故郷=高知という
イメージがあるぐらいだ。



父は東京に出てきて
母とお見合いをして
母と結婚した。


僕が今も暮らしているのは
母方の実家のすぐ近く。


母の父、つまり僕から見ると
祖父はこのあたりの大地主だったらしい。


父は結婚したものの母方に
嫁いだようなものだった。


祖父から土地を譲り受け
そこに家を建てた。


父は結婚当初色々な人から嫌味を言われたと
僕に吐露してきた。


父が結婚した当時は偏見のようなものがあって
嫁の親から土地をもらってそこに家を建てる事に対して
理解ある人もいればそうでない人もいて
結婚当時は周りを見るとそうでない人のほうが
圧倒的に多かったと父は話してくれた。


当時を思い出し父が悔しそうに話していたのが
こうして今も印象に残っている要因だと思う。


そして反対に父は母のお父さん、お母さん、弟、
つまり僕から見ると祖父、祖母、叔父との関係が
当時から良好だったから良かったと嬉しそうに
話していた。


祖父は僕が生まれる3か月前に亡くなったので
父と祖父の関係がどうだったのかわからないけれど
子供の時からずっと父の言動からは
祖母、叔父に対しての悪口や避けていた様子も一切記憶に無く
むしろ会えば楽しそうに話していた姿が目に浮かぶ。


今こうして改めて思い返してみても
父が亡くなるまでずっとそうだった。


父と結婚当時の話をしたのは
これが最初で最後だったと思う。


この時の父は実に饒舌だった。
そして僕は知られざる父の苦悩を聞けて
うまく言えないけれど父からそういった話が聞けて
嬉しかったのを覚えている。


しかしこの後、僕は父の前で
数年ぶりに涙を流す。


それは父の口からきいた
母の知られざる僕への想いを
聞かされたから。





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