20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。
僕の経験や想いを書いています。
死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか
たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。

身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

僕は野球が好きだ。
下手くそだけれど
子供の頃からボールを投げるのが好き。


小中高大学生と
兄が家にいる時は
よくキャッチボールをしていた。


ちなみに今も休みが合えば
家の前でキャッチボールをしている。


兄が就職してからは
キャッチボールをしてくれる相手が居なくなったので
僕は近所の河川敷の橋の下で1人でもくもくと1,2時間
壁に向かってボールを投げに行くようになった。


だが就職して昼夜逆転の夜勤専門で働くようになり
その4年半は橋の下にも投げに行かず
兄と休みが合ったとしても半年に1回
キャッチボールをやるかやらないかぐらいになってしまった。


だがホテル業に転職して日勤の仕事に就いたことで
転職したての頃は休みの日はほぼ夕方
橋の下に行って壁当てをしに行っていた。


体は動かせるしストレス発散になるので
とてもリフレッシュすることができる。


そんなある日の事。この日も僕は仕事が休みの為
曇っていたものの、夕方河川敷にボールを投げに行った。


するとみるみるうちに凄い雲が立ち込め
ゲリラ豪雨のような猛烈な雨が降って来た。


僕はすぐさま投げるのを止めて
雨が止むのを待った。


橋の下に居るため、斜めに降ってくるものの
多少濡れた程度だった。


時間にしてどのくらいだったろうか
10分ぐらいしても雨が止む気配はなく
しっかりとした雨が降り続けていた。


弱くなる気配もなく傘もない。
しかし家では父がもうお風呂を入れてくれている頃だ。


走っても5分はかかるし
もうこの際どうでもいいやと
僕は半ば投げやりに
ずぶ濡れになりながら帰る事にした。


5分程度歩いた頃、3車線の大通りの
横断歩道の前に着いた



歩道側の信号は赤だった。
僕はずぶ濡れになりながら
下を向いて信号が変わるのを待っていた。



大粒の雨粒がアスファルトに
激しく打ち付ける音。


3車線の為、交通量が多く
目の前を車が何台も通り過ぎる音。


そして信号が青に変わった時だった。
信号を渡ろうとすると








突然










「ゆうじ!!」






と僕の名前を叫ぶ父の声が聞こえた。
決して大きな声ではなかったけれど
父の声はしっかりと僕に届いた。


あの時の光景というか声は今でも忘れない。



僕は


「え!?」


と驚いた。


しかし傘も差さず帽子も被っておらず
メガネのレンズが大量に濡れていて
メガネの機能を果たしていなかったこともあり
この時の僕はメガネを外していて裸眼で歩いてきた。



僕は慌てて、ずぶ濡れのシャツで
メガネのレンズを拭いてかけ直した。



ただそれでも辛うじて
メガネの機能を果たす程度の視界だった。


すると信号の先のコンビニの駐車場に
父が立っていた。


僕は事態が呑み込めなかったものの
小走りに父の元に向かった。


「信ちゃんどうして!?」


と聞くと父は


「お風呂沸かしてある。さっさと入りな」


と言って傘を渡してくれた。


なんと父は僕の為に傘を持ってきてくれたのだった。
しかしシャイな父はあくまで
夕飯の買い物で買い忘れた物があったから
そのついでに僕に傘を渡しに行こうと思っていた。
と僕には言った。


たしかに僕がボールを投げていた
河川敷に行くまでの途中にスーパーはあるものの
そのスーパーから河川敷まではまあまあ距離がある。


家⇒コンビニ⇒スーパー⇒河川敷


という立地なのでこれが


家⇒コンビニ⇒河川敷⇒スーパー


ならついでというのはわかるが
雨が降って来たから僕の為に
傘を届けるのがメインだと僕は思った。


父は僕に傘を渡した後
信号を渡ってスーパーに向かった。


僕は父からもらった傘を差して帰った。
しかし僕はヒクヒク泣きながら帰った。


父の優しさが凄く嬉しかったから。
そして何より雨と車の音でうるさい中
父の声をしっかりと聞き取れた自分が誇らしかったから。


本当に父も母に負けないぐらい
優しくて温かい人だった。







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