20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。
僕の経験や想いを書いています。
死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか
たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。

身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

就職して約2年半が過ぎた頃
僕はようやくこの仕事に慣れて来た。


調理がなかなかうまくできなかったが
異動した3店舗目で事実上の
夜の責任者を任されたことで
嫌でも調理をしなければならない環境になった。


僕は臆病者でなかなか
一歩目が踏み出せないタイプ。


自己評価が低いので
やる前から「自分にはできない」と
決めつけてしまうタイプ。


だからこうやって嫌でも
調理をやらなければならない環境が
自分を成長させるには打って付けだった。


先程も言ったが夜の責任者の立場の為
毎日17時か18時から出社し
翌朝5時の始発に乗って帰ってくる生活が
約1年続いていた。


家に帰りお風呂に入り、
お風呂を出たぐらいに
ちょうど仕事に行く兄が起きてくるというのが
いつもの流れだった。


父はというと定年を迎えた為
家にずっといた。


当時僕は25歳。
父と僕はちょうど40歳差。


父は4時には起床していた。
下手をすると夜中の2時に
起床している事もあった。


その為、僕はいつも仕事が終わって
始発の電車に乗ると
父に


「今から帰る」


と必ずメールをしていた。



すると父からはすぐに


「了解」


とだけ返信が来た。


お店が暇な日などは4時過ぎには
仕事が終わる事があり
始発待ちまで40分待ちしなければ
いけないこともあった。


その為、仕事明けで休みの日などは
早く家に帰りたいので
タクシーで帰る事もよくあった。


そんな時も自分の都合で遠慮なく
「今から帰る」とメールを送ると
すぐに返信が来た。


そして家に帰ると
僕の帰宅時間を逆算して
湯船にお湯を溜めてくれていて
お風呂を出る頃には
出来立ての焼き魚と
炊き立てのご飯をいつも
用意してくれていた。


まさに至れり尽くせりというやつだ。



そして僕にご飯を用意してくれた後は
会社が辺鄙な場所にある兄を
車で片道1時間かけて
送って行くというのが度々あった。


定年当初は平日だと
道路が混んでいるからという理由で
兄は車での送迎を断っていた。


父は兄に車での送迎を断られると
いつもしょんぼりしていた。


車を運転する気満々だったのが
兄に断られることで
一気にやる事が無くなってしまうから。


インドア派の父の数少ない趣味でもある
車の運転は調理同様、
父がとても生き生きとする
瞬間でもあった。


兄もそんな父を見かねてか
徐々に平日も送迎が増え始めて来た。


父が毎日嬉しそうだったのを覚えている。
僕も仕事明けで休みの日は
朝ご飯を早く食べた後
助手席に座って同乗していた。


そんな時は僕はいつものように
母の仏壇に行き
母の遺影を持って


「はつみ久しぶりに4人でドライブだ!(遺影の中に)入って!」


と母の遺影と共に
車に乗り込んだ。


僕と兄は
たくさん愛情をくれた母が居なくなってからも
父から母の分までたくさんの愛情をもらっていた^^





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コメント

 コメント一覧 (4)

    • 1. yuuji16
    • 2018年09月09日 23:05
    • ゆうじさん。私も父と母をがんで亡くしました。
      母を亡くしたのは、2009年。父を亡くしたのは、2016年。
      ゆうじさんと同じくらいの年に両親を亡くしています。ゆうじさんのお父様も、お母様も、ゆうじさんの中で、輝いて生きていらっしゃいます。勿論私の両親も。ゆうじさんの未来がお父様とお母様の愛に包まれて、更に輝きが増します様に。
    • 2. yuuji16
    • 2018年09月09日 23:59
    • コメントありがとうございます。
      同じぐらいの年齢で母と父と亡くなる順番、そしてそれぞれが亡くなった年がほぼ同じとは偶然とはいえ凄いですね!

      たしかにあなたのおっしゃる通り、僕もあなたも自分の心の中で今も両親は輝いていますよね。凄く素敵な考え方だと思うのと同時に読んでいてウルっときました。
      こんな素敵な事を教えてくれたあなたにも素敵な未来が待っていてほしいなと強く思います^^
      素敵なコメントありがとうございました^^
    • 3. たっきー
    • 2018年09月11日 14:36
    • こんにちは。
      ランキングから来ました。

      ステキなお父様♪
      そのお父様の愛情を、受け止めていたお二人の優しさが
      お父様の生きがいだったのですね~。

      お母様もいつも一緒にいるようで
      姿の有り無しは関係ないのだと思いました。

    • 4. yuuji16
    • 2018年09月11日 15:33
    • たっきーさんコメントありがとうございます。

      父の事を褒めて下さりありがとうございます^^
      たっきーさんのおっしゃるとおり父の生き甲斐は僕ら子供達でした。こうして、「だったと思う」ではなく「生き甲斐でした」と断言できるほど父からは毎日その想いが伝わってきました^^

      そして母は父と同じぐらい僕ら家族が大好きな人だったので離れ離れになってしまってもいつもそばに居てくれると信じられるから僕は毎日頑張れています^^
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