大学4年の6月にスーパーを経営する会社から
早々に内定をもらった僕は
そこで就職活動を一旦終わらせた。



内定先があるというだけで
父も兄もそして周りの人も
とりあえずは安心してくれたので
特に問題は無かった。


この当時の僕は
就職活動を舐め切っていた。


というか
「就職する」ということが
いまいち理解できていなったし
その事から逃げていたのかもしれない。


「その会社で何がしたいか」


「その会社で自分がどうやっていきたいか」


などと考えず
とりあえず


「内定をもらう」事にだけ
全力を注いでいた。


内定をもらえば
就職活動をしなくて済む。



父や兄を安心させられるし
何か小言を言われることもない。


就職後の社会人としての自分をイメージせず
とりあえず何もしなくて良いようになるからと
「内定をもらう事」に目を向けていた。



そしてすぐに内定を貰えたことで
しばらく学業、アルバイト、野球など
自分の好きな事などに時間を使えた事で
母が居なくなったこの辛い現実と向き合わないように
過ごすことだけを考えていた。


しかし2009年の9月ぐらいに
内定先のスーパーから
内定式の案内状が来た。



このまま行くと
スーパーで働かなければならない。


スーパーで働く自分がイメージできない


ようやく現実というか
「就職」という人生を左右する大きな出来事の
重大さに気づいた。


こんな考えでは採用してくれた企業に失礼と
都合の良い言い訳をし
僕はすぐにこの内定を辞退し
就職活動を再開させた。


だが時すでに遅し。


ようやく真剣に就職活動を始めたが
興味を持った企業は
端から応募を締め切っていた。



それでもなんとか
まだ募集している企業を見つけ
説明会などに足を運ぶが
興味がない企業ばかり。



時期にして4年生の11月。
この時の僕は4月から始めた
就職活動を後悔していた。




「もっと真剣にやれば良かった…」




だが時間は待ってはくれない。
興味のない企業でも、
こんな甘い考えの自分を
採用してくれる企業があるなら
そこで一生懸命頑張る!


そんな思いを持って
活動を続けた。


その後、もう自力で探していたら
就職できないと思い
就職活動をしている僕ら学生と
企業の間を持つ仲介企業に連絡を取り
そこで面談を行い、
僕に合っていそうな企業を
2社ほど紹介してもらった。



でも僕には変な自信があった。



「面接してくれれば自分の良さをわかってもらえる」



「面接してくれれば受かる自信がある!」



だが一社目は面談後、
小論文のようなものを提出したが
不採用になった。


時期にして12月中旬。
僕の鼻、そして心は完全にへし折られた。


卒業まであと3ヶ月。
このままでは就職先が見つからず
フリーターになってしまう。


はつみとの約束を守れない。


内定先があったのにそこにお断りという
失礼かつ最低な行為をした事に対しての懺悔の気持ち。


この当時の僕は後先考えず行動を起こした事を後悔し
同時に不安や恐怖、焦りなど様々な感情に襲われ
余裕が無かった。


そして最後の1社。
関東のみで飲食チェーン店を展開する企業。


説明会に参加し
後日一次面接に行った。


(もう後が無い)


(ここで決まらなければもうフリーターだ…)



計り知れないプレッシャーと緊張の中
僕は面接に臨んだ。


マニュアル通りの志望動機。
一生懸命覚えた決まり文句。


そこに僕の想いはない…。

そして緊張している事で
自分で何を言っているかわからなくなり
聞かれたことに対してきちんと答えられなった。


そんな僕の言動は経験豊富な面接官には
いとも簡単に見透かされていた。


今でも覚えているのが
年配の面接官に言われた



「君の言っている事は何が言いたいのかがわからない」




この言葉が僕の心に突き刺さり
その後はさらに頭が真っ白になったのを
覚えている。



そして面接が終わり
面接会場を後にし
放心状態で電車に乗った。



3人掛けのシートの端に座った頃には
僕の感情は爆発した。



声を殺し、しゃくり泣きながら


(もうダメだ…)



(信ちゃんと洋ちゃんに怒られる…)



最初は今後についての
不安や恐怖に襲われた。



人目がある所の為
なんとか声は出さずに
ハンカチで顔を覆い
大粒の涙が溢れた。


変な人と思われないようにと
必死に泣きやもうとした。


電車の中ではなんとか
感情を抑えながら
泣く事ができたが


電車を降りて
家へと向かう帰り道
周りに人がいないのを
確認すると


しだいに
母の事を考え



亡くなる直前に
母と交わした約束



「就職してね」


というあの光景が
フラッシュバックして



僕は何かに憑りつかれたように



「はつみごめん…」


と連呼した。


その後家に着くと
抑えていた感情が一気に爆発し
声を出して泣き


母の仏壇の前で


「はつみごめん…本当にごめん…」


とひたすら泣いた。






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