20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。
僕の経験や想いを書いています。
死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか
たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。

身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

2009年11月9日。
この日は母が亡くなって
初めて迎えた僕の誕生日であった。


僕はこの日、免許の更新に
行くことにしていた。


免許を所得して初めての免許更新。
勝手もわからず気疲れもして
帰って来てしばらくリビングでグターっとした。


そして夕方になり
2人が帰ってくる前に
浴槽にお湯を張らなければと
浴室に入ると…



浴室の床が
濡れていた。


まさか浴槽の床が濡れているとは思わず

靴下のまま入ってしまい
靴下が濡れて冷たくて気持ち悪い感覚になり

やり場のない怒りが込み上げてきた。


「なんだよ濡れているのかよ!」


僕は咄嗟に朝2人のどちらかが
朝風呂かシャワーを浴びて行ったんだなと
考えた。


ただその怒りも一瞬で、

自分の中である疑問が生まれた。


我が家では朝風呂や朝に
シャワーを浴びる人はいない。


ましてやこんな11月の寒い朝に
わざわざ入るとは思えない。


しかもシャワーを浴びたとしても
いくら何でもこの時間になれば
床は乾いているだろう。


咄嗟に「まさか泥棒?」とも考えたが
家に帰ってから他に異変も感じなかったし
荒らされた形跡もない。


念の為、お金や通帳や
他の部屋の戸締りも確認したが
何の異常もなった。


でも現に床が濡れている。

「まあどちらかが入っていたんだろう」と
都合よく考えるようにした。





そして夜になると
父と兄が帰って来た。


うちの家族は口下手の為
毎年恒例で僕は自分から



「おかえり!今日は何の日だい?」


と「誕生日おめでとう」を強要していた。



そしていつもの恒例行事も終わり
2人が風呂を出た後
いつものように洗濯機を回した。


この当時は毎日
洗濯機を回していた。


そして1階で父と兄が食事をしている間に
僕は2階で洗濯物を干した。



先程も言ったがこの当時は
毎日洗濯機を回していた。


そしてバスタオルも
1人1枚の計3枚を
毎日夜に洗濯して
次の日の夕方に乾いたら
洗濯機の上の竿に引っ掛けていた。
お風呂から出た人はそれを使う。


つまり決まったバスタオル3枚を
ローテーションで回して使っていた。


そして洗濯物を干していると
僕は先程の異変を思い出した。


というのもこれから干そうとする洗濯カゴの中に
目視で確認するとバスタオルが
いつもより1枚多い計4枚あったからだ。


僕はすぐに
2人に確認も含めて1階に駆け下りた。


僕がドタドタと音を立て階段を下りてきたため
リビングのドアを開けると2人とも
何事かと僕の顔を見ていた。


僕は怒り気味に


「今日どっちかシャワーか風呂入ったでしょ?」


すると2人とも即答で


「入っていないよ」


「こんな寒い時期にわざわざ仕事行く前に入るか(笑)」


と2人とも嘘を付いている感じではなかった。


僕は2人から予想していなかった答えをされ
少し混乱しながらも


「でも洗濯物干していたらバスタオル4枚入っていたんだよね」


と2人に聞いた。


2人は特に疑問に思わず
何かの拍子で1枚多めに入ったのではないか?
程度にしか思っていなかった。


僕は2人のそんな態度に流されたのもあり
トーンダウンしてバスタオルを干しに2階へと戻り
カゴの上から目視で確認するとやはり4枚あるように見えた。


最初の2枚を干して
残りの2枚に目をやると
僕はドキッとした。


一番下のバスタオルは
母が生前使っていたバスタオルだったのだ。


僕はその瞬間、
あらゆる疑問が一気に解けた。


そして大粒の涙が溢れた。



「はつみが…はつみが帰って来てくれたんだ…」



「おれの誕生日に…」



「そばに居るよ…って…」


そして自分の中で出た「真実」を「確信」にしようと
顔をクシャクシャにしながら
洗濯物の下着と靴下の数を数えると
それぞれ3枚と両足合わせて3足があった。



「間違いない2人は朝風呂に入っていない!」



「はつみが誕生日に帰って来てくれたんだ…」



父と兄に言ったところで
2人は信じてくれないだろうなと思い


嬉しさと母が恋しくなり
2階の洗濯物を干す部屋で
声を殺しながら泣き続けた。


結局あの日なぜ浴室の床が濡れていたのかはわからない。
でも僕は母が僕の誕生日に帰って来てくれたのだと信じている。





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コメント

 コメント一覧 (9)

    • 1. きらら
    • 2018年07月03日 21:18
    • はじめまして。

      主人を40代で 亡くして死別ブログを彷徨っております。自分の哀しみが先になるダメな母親でもあります。

      一人息子は、10代後半の時 父親である主人を亡くしました。
      そして、いま20代前半です。
      何度も、死にたいって思った。
      だが、息子の気持ちはどうなんだろう? こちらのブログで、ふと思う…
      時々、居てくれるだけでいいよ!って声かけてくれる優しい子です。

      鬱病も認めて、気を遣ってくれる。
      私は、この子を不幸にしないか?
      そんな事を思うようになりました。

      自分の哀しみばかり優先したこと…
      反省しつつ継続中でも あります。
      不安な時、手を握らせてくれる。
      嫌だとは、一度も言われない事にも、感謝しなければならないよね…
      普通なら嫌がるよね…

      私は、こちらのブログで、気付き良かったと思います。
      ありがとうございます。
    • 2. yuuji16
    • 2018年07月04日 00:09
    • きららさんはじめまして。そしてコメントありがとうございます^^
      きららさんに頂いたコメント大切に読ませて頂きました。
      自分の境遇にも似たところもあるので込み上げてくるものがありました。

      きららさんは大切なご主人を亡くされて自身の哀しみを優先させてしまっている事に心を痛めているのがとても良く伝わってきます。でもなにも悔やむことも恥じる事もありませんよ。
      僕の好きな言葉で「人は人を愛すると弱くなる。でも恥ずかしがる事はない。それは本当の弱さじゃないからってな。弱さを知っている人間だけが本当に強くなれるんだ」というのがあります。僕もこれまでそして今でも父親、母親の事を真剣に考えると簡単に涙が溢れてきます。だってそれだけ今でも大好きで、会いたくて仕方がないからです。
      息子さんは絶対にきららさんのことを悪くは思っていませんよ。断言できます!
      むしろ「お母さんは本当にお父さんのことが大好きなんだ。こんな両親の子供で自分は幸せだ。お父さんの分まで自分がお母さんを幸せにするんだ!」と思っているはずですよ。
    • 3. yuuji16
    • 2018年07月04日 00:19
    • 僕も母を先に亡くしてから、父の事を今まで以上に大切にしようと心がけました。
      自分が歳を重ねていくなかで子供の時はわからなかった親の苦労や親の愛情が少しずつわかってきて、今度はそれを親に返したい。母にできなかった事、母に対して気づけなかった事を父にたくさんしました。その甲斐あって父の事はきちんと「送り出せた」と今でも実感できています。

      息子さんがきららさんにくれる「居てくれるだけでいいよ!」という言葉、凄くよくわかります。僕も父と会話はあまりしなくてもそばに居てくれるだけでどれだけ心の支えになったことか。だからこそ、きららさんにも息子さんの為にも傍に居てあげてほしいと強く思います。

      僕も母が亡くなって父が毎日仏壇に手を合わせていたり、お墓参りに行っていた姿を見て言葉は正しいかはわかりませんが凄く嬉しかったです。そんな父の姿を見て「離れ離れになっても、はつみのことを考えていて本当にこの両親の子供で幸せ」と何度も思いました。いいじゃないですか、泣きながら進んだったって^^
      だから自分を責める必要は無いですよ^^

      すみません色々と偉そうな事を言ってしまって。またお時間ある時にでもコメントください^^
    • 4. きらら
    • 2018年07月04日 08:25
    • yuugi16さま、
      ご返信 ありがとうございます。

      私は、40代後半です。
      子供は、主人の亡きあと、1年以上 3つのバイトをこなし 生活を支えてくれました。
      私は、その間 泣いてばかりいました。
      しばらくして、働き出しました。
      そして今また、無職になり色々考える毎日です。
      私の両親は健在で、親を喪う経験がありません。
      悪魔のような父親、天使のような母親のハーフです。

      いまでも、母親は信頼できる数少ない一人、いつまでも居て欲しい…

      一方、父親とは縁を切ってる。
      育ててくれた感謝はあるけど、虐待で悪いヤツ。呆けないうちに、暴行した理由を聞いたが、自分がオヤジにされた事を子供にしただけだ。
      何が悪いんだ?と絡む始末。

      この父親のせいでPTSDになってる。
      母親のもとに行きたいけど、悪魔が邪魔。

      yuugiさんは、ご両親に恵まれ良かったですね…だから、辛いし哀しんだと思います。

      私は、父親が他界しても 悲しむより
      心が平穏になるだけ…葬儀も行くつもりも微塵もありません。

      親子関係、ひとつとして同じものは無いですよね…両親に愛される事は、大人になるまで形成される、伸びしろや基本的な部分にも影響を与えると思います。

      私は、手に入れることが出来なかった分、自分の両親は反面教師として、子供を育てました。
      反抗期が全く無かったです。

      yuugiさん、みたいに優しい人になって欲しいですね。
    • 5. yuuji16
    • 2018年07月06日 00:05
    • きららさんへ
      返信が遅くなって申し訳ありません。
      頂いたコメント大切に読ませていただきました。

      息子さんは逞しい方ですね。1年以上に渡ってアルバイト3つ掛け持ちするとは僕には絶対にできません。でもそれができるのはやはり母親であるきららさんの事が大好きで大切な存在で、自分がお母さんを守るんだ!という覚悟であったり、息子さんからきららさんへの無償の愛が突き動かしたのだと思います。
      先日の返信にも書きましたが、やはり僕も母親を亡くしてからより一層父の事が大好きになりました。例え気持ちが弱っていたとしても生きてくれているだけで心の支えになります。

      今回頂いたコメントではきららさんの境遇を教えていただき色々な事を考えさせられました。その中でも「親子関係、ひとつとして同じものは無い」という言葉。こうしてこのブログを書き続けている中で、ありがたいことに色んな方からコメントを頂けてその度にたくさん考えさせられます。

      人それぞれ十人十色の家庭環境であったり人生。何が答えで何が正しいのかは本当にわかりません。でも過去は代えられなくても未来は代えられる。僕はそう思います。
      僕の好きな言葉で「過去ばっかり見ていないで今を捨てるなってこと」というのがあります。

      「自分がオヤジにされた事を子供にしただけだ。何が悪いんだ?」という自分が父親にされたことを自分までで止めた事。とても強い方です。お父様と同じようにお父様にされたことを息子さんにしなかった事。とても立派です!自分で止めた上に、息子さんにたくさんの愛情を注いできたからこそ、優しい息子さんがいるのですよ^^
      今でも十分優しい息子さんですよ!僕が言うのは失礼ですが本当にきららさんは立派な母親です!

    • 6. セザール
    • 2019年01月18日 00:04
    • 5 愛するゆうじさんの誕生日にはつみさんが😭😢⤵️⤵️素敵な話ですよね。自分も最愛のおかんを亡くしてそのあと自分自身意識障害で死にかけて1ヶ月生死をさまよったのですが( ;∀;)本当に全てが無なんですけどはっきりと覚えていて呼び戻されました。その時の声がおかんの声でした( ;∀;)その後も仕事や人間関係とか本当に疲れきってる時寝ているとおかんが側にいてがんばれーがんばれー😅と間違いなく見守っていてくれてるんだなと思いますね😁(笑)
    • 7. yuuji16
    • 2019年01月18日 20:46
    • >>6
      セザールさんは1ヶ月生死を彷徨ったのですか!?凄い衝撃です!でもお母様がこっちにまだ来ちゃいかん!とセザールさんを追い返したのかもしれませんね。

      「離れていても傍にいて見守っているよ」というメッセージだと僕らは感じられるのでこういうピンチというか危機的状況の時にこうして守ってくれていると嬉しくなりますね^^
    • 8. セザール
    • 2019年01月19日 01:38
    • 5 ゆうじさんいつも心が温まる返信ありがとー😉👍🎶2013年の10月18日早朝血だらけでベッドの上で死にかけてたようです😭勿論自殺とかではなかったのですが。色々なストレスとか心と身体が限界だったのではと思いますね。おかんに呼び戻され目を覚ました時は病院の集中治療室のベッドでしたね。身体中管だらけでオシッコも尿管つけられ。心電図も24時間モニターつけられてましたね。二週間意識不明の後1ヶ月入院して♿🏥何とか退院その夜過呼吸と血圧が200まであがって、パニック障害と適応障害😱で今にいたります。2019年のこのタイミングでネットサーフィンからゆうじさんに出逢えたのは本当に嬉しく思ってますよ😆。本当に共感できるのは嬉しく(笑)☺️
    • 9. yuuji16
    • 2019年01月21日 22:23
    • >>8
      突然の容態急変でわけのわからないまま、気が付くと集中治療室の中にいるとはドラマのようで想像もつきません…。ストレスで心と体が限界になるとこうした事にも繋がってしまう危険性があるのだと勉強になりました。

      身体中管だらけで尿管まで付けられ脳も眠ったまま、当然体が思うように動かせない状態で自分の身体が自分のものではないような感覚に陥るなどこの文面を読んでいても身震いがします。また2週間意識不明だったとは…。不謹慎かもしれませんが、よくこのような危機的状態から戻って来れましたね…。凄いです…本当にすごい方ですね。
      お母様が呼び戻してくれたからこそ今がある。お母様が改めてくれた残りの人生を少しでも楽しんで満喫してひとつでも多くの幸せな出来事がセザールさんに訪れてほしいなあと心から強く思います。
      僕のブログを読む事でセザールさんのこれまでの苦しみや悲しみが消化できる手助けになれれば幸いです^^
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