僕の心の支えとなってくれた
プロ野球選手。


その1人は
涌井秀章選手だ。

年齢では涌井選手が
僕の一つ上だ。


僕は中学生の頃
ずっと西武の松坂選手の大ファンだった。


松坂選手の母校は横浜高校。
その影響でプロ野球は西武、
高校野球は横浜高校のファンだった。


僕は春と夏の甲子園が大好きで
高校に入学する直前に行われていた
春の選抜を見ていると
テレビの向こう側で
明徳義塾高校相手に投げる一人の投手に
心を奪われた。


そうそれが涌井選手だ。
15歳の頃から今もずっと僕は
涌井選手の大ファンだ。


涌井選手が高校3年生で
甲子園出場を決める試合となった
神奈川県大会の決勝戦は
テレビにかじりついて
見ていたのが昨日のことのように
思い出される。


そんな涌井選手が
大好きな西武に入団した時の喜びは
言葉では表せないほど嬉しかった。


ドラフト当日、授業が終わり
高校の教室で帰る準備をしていた時に
兄から届いた



「涌井西武」



というメールを見た時の
あの光景は今でもはっきりと思い出せる。




そんな僕を見て
家族からは呆れられることもあったけれど


父はテレビ欄で涌井の名前を見つけると


「ゆうじ今日の夜、Get Sportsに涌井出るぞ^^」


母は新聞で涌井の記事を見つけると
その記事を切り取ってくれては
涌井の記事専用のファイルを作ってくれた。


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高校から帰ってくると
母は嬉しそうに


「涌井の記事新しいの入れといたよ^^」


報告してくれた。




僕が涌井選手の一番好きなところは
とにかく体が強く怪我をしない事。


2005年から2018年の今日まで
怪我をしたのは僕の記憶では
2005年と2011年。


それでも短期間の怪我の為
手術したことはないはず。


不調だった2012~2014年に
これまた短期間だけ二軍に落とされたり
試合の途中で投げるリリーフに回ったこともあったが
涌井選手はこれまでのキャリアは

ほとんどが試合の最初から投げる先発。


怪我に強く実力もある為
2年目の2006年から2011年、
2014年から2018年のシーズンは
ほぼずっと1週間に1回必ず投げてくれる。



母が亡くなった2009年。
この歳涌井選手は
シーズンで最も優れた先発完投型の本格派投手に授与される
「沢村賞」を獲得するほど
輝かしい成績をあげた。



母が亡くなり落ち込んでいた僕に
涌井選手は生き甲斐をくれた。



1週間に1回必ず投げてくれる。




それが当時の僕にとって
どれだけ心の支えになったことか。


1週間に1回必ず
楽しみなイベントが待っている。


それだけで僕の心は
前に向くことができた。


勝った時はすごく嬉しくて
負けた時はすごく落ち込んで


涌井選手の投球内容に
高校生の頃から今現在まで
一喜一憂している。


涌井選手の存在が
僕に光をくれたのだ。


僕にとって涌井選手は
永遠のヒーローだ^^



たくさんの勇気と感動を
涌井選手からもらっている^^



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