母の手術が始まり、時間にして
1時間ぐらい
たった頃、父が合流した。


父は兄から一連の経緯を聞き、
父もまた安堵した様子だった。


予定では手術は2、3時間で終わるとのこと。


僕はその間、兄と談笑したり、
母が入院中、学生の僕が家事をやらなければと思い、
自分なりに頭の中で家事についての予習、復習をしていた。


幸い、今日は2008年12月22日。
明日から大学は冬休みなので、
母のお見舞いと家事に専念できる。


母の入院中の生活に不安はあったものの、
料理が得意な父はいるし、家事も母から教えてもらっていたので、
「なんとかなるだろう」ぐらいに考え


母の体調、病気については
一切の不安、疑問は持たなかった。


そして手術から2時間ぐらいたった頃、
僕ら家族の元に看護師の方が来た。


看護師の方は笑顔で
「手術が終わりましたので、ご家族の方はこちらへどうぞ」
と案内してくれた。


この時、看護師の方は間違いなく
「手術は終わった」と僕ら家族に告げた。


僕らはその言葉に何の疑問も持たず、
というか疑問を持つはずもなく、
「予定より早く終わったね^^」
などと一様に安堵し、母の元に向かった。


しかし、すんなり母に会えるのかと思いきや
手術室の前には来れたものの、
なぜかまたロビーで待機することとなる。


そしてそこで2、30分程度待たされた後、
先程の看護師の方が、僕らの元にまた現れた。


しかし先程とは打って変わって神妙な顔だ。


(あれ?さっきと様子が違うけど、どうしたんだろ?)



すると看護師の方は、、暗いまま



「先生からお話がありますので、こちらへどうぞ」
と僕らを案内した。


(なんだろう?さっき手術は終わったって言っていたのに・・)



僕らは訳が分からず、
言われるがまま小さな部屋に案内された。


パイプ椅子に3人が横並びになると横幅の余裕はない。


目の前には白い机。


すると奥から小太りの先生が現れた。


先生もまた神妙な顔をしている。


僕はこの瞬間、悟った。



「只事ではない」と。




しかしそれは僕の予想を遥かに上回る





最悪の、衝撃の知らせだった。
















「手術はまだ終わっていません。









奥さまのお腹を開けたら癌細胞が見つかりました・・。








S状結腸癌です。







悪性です。









末期です。








持って3ヶ月。







抗がん剤が効けば、半年は持つと思います。









覚悟決めてください。」








訳が分からなくなった。






先生の口から怒涛の悪夢の知らせが
告げられ、混乱した。






状況が呑み込めなかった。





(なんだよそれ、さっき手術終わったって言っていたじゃねーかよ)





(覚悟ってなんだよ・・・)





(ただの腹痛じゃなかったのかよ)



(え?はつみ死んじゃうの・・?)




いきなり突き付けられた
母との別れが近いという現実。


ただの腹痛と思っていたら


母の命はもう手遅れという事実。


突然突き付けられた
母と過ごせるのはあとわずかな時間しか残されていないという現実。





僕は本当に訳が分からなくなり、



気持ちの整理ができず、



ただただ混乱した。



先生からの突然の




あまりにも残酷な知らせは




21歳の僕には到底受け止められるはずもなかった。




実感が沸かないというか



僕を本当に混乱させた・・・・。






兄は母から摘出した癌細胞を見てショックを受けたのか
めまいを起こし車椅子に乗せられた。



でもそんな中でも父は冷静だった。
先生からの告知を冷静に聞いていた。
あの時の父の横顔ははっきりと覚えている。



その後、先生から



便が体内に詰まっているため、それを出すために
この後、人工肛門の手術を行うので、
再度ロビーで待機しているよう言われた。



その頃には僕はもう放心状態だった。



突然突き付けれられた、予想を遥かに上回る
残酷な現実に、もはや涙すら出てこなかった。



この日僕ら家族は絶望へと堕ちていった・・。




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