20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。
僕の経験や想いを書いています。
死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか
たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。

身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

母の告別式納骨など一通りのことが終わった。父と兄も忌引きが終わりまた仕事の生活が始まった。僕はというと母が亡くなったのは2月。大学は4月まで無い。昨年の12月から始まった母の異変、癌発見、余命宣告、闘病生活永眠怒涛の2ヶ月間が終わったものの毎日全身全霊で母に寄 …
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亡くなった母から告別式の朝にもらった言葉僕はその言葉を旨に告別式の斎場に足を運んだ。案の定、僕は告別式でも号泣した。感情の制御が出来ず今自分が置かれている状況、環境が受け入れられずただただパニック状態で号泣した。そしていよいよお別れの儀の時が訪れた。後か …
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告別式の日の朝。不思議で奇妙な体験をした。それは単なる偶然という言葉では片付けられない出来事だった。そしてそれは間違いなく母からのメッセージだと僕は信じている。母は昔から機械音痴であり、また専業主婦で家にずっと居たのであまり必要性が無いこともあり携帯電話 …
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母の通夜が終わりその日の夜、家族3人で過ごした。僕は通夜でワンワン泣いたのもあり父と兄にこれ以上余計な心配をかけないようにと努めて明るく振舞った。母は身長が低く、ぽっちゃりとした体形だった。僕は母の事をたまに「ブウ」と呼んでいた。「ブウ」とはドラゴンボール …
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母の通夜の時が来た。この時の僕は当時21歳ということもあってか親戚や参列者など知らない人達の前で泣くわけにはいかない泣いている姿を見せたくない【人前で泣く=恥ずかしい事】などと考えてしまっていた。僕はそんなことを考えながら喪服に着替え、母が待つ斎場に向かっ …
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母が亡くなった当日、僕はアルバイト先に母が亡くなった事と今後のスケジュールを伝えに行った。この時は泣いてしまうと自分でもわかっていたのでタオルを片手に行った。当時のアルバイト先は家から歩いて5分。走れば3分。勤務時間は早番10:45~16:00遅番13:30~18:30どちらの …
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母が1か月半ぶりに我が家に帰って来た。しかし冷たくなった状態で。冷たくなった状態の母が寝ているのは1階のリビングの隣の和室。リビングで父と兄が居て僕はその間ずっと冷たくなった母のそばに居た。ただただ母のそばに居たかった。母のそばから離れたくなかった。いつも …
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今回は久しぶりの番外編です。なぜ番外編かというと水曜日あたりから体調を崩してしまい3年ぶりの風邪を引いてしまいました。せっかく続きを楽しみにしてくれていた方達には期待を裏切る形となり申し訳ありません…。今は37,5℃まで下がったものの昨日の昼頃から熱が38,7℃ま …
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母が亡くなって1時間半ぐらいが立ちようやく兄が母の元に来た兄は泣くことも取り乱すこともなく気丈に振舞っていた。その後霊安室に運ばれ先生やお世話になった看護師さん達が次々と冷たくなった母の元に来てくれたこの時の僕は心の中で取り乱してはいけないと気を張っていた …
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家族では僕だけが母の最期を看取った母には2回死亡時刻がある。僕が看取った午前8時42分。この時先生は父が来るまで死亡時刻を待ちますと僕に告げた。なので2009年2月2日午前9時11分が母の正式な死亡時刻となった。父が来るまで約30分の間、母が息を引き取っ …
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父からの電話で慌てて病院に向かった僕。無我夢中で自転車を飛ばし脅威的なスピードで病院に着いた。4階につくと猛ダッシュで母の病室の扉を開けた。すると…。母はまだ生きていた。しかし…見た事のないようなまるで体のどこかから空気が抜けているような変な呼吸の仕方をし …
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《その時》は突然やって来た。何の前触れもなく突然やってきた忘れもしない。2009年2月2日月曜日朝8時28分頃。この3分ぐらい前に僕は目が覚めた。ベットの上でウトウトしながら左側に寝がえりを打ち寝たまま手を伸ばしその真正面に置いてあったテレビを付けた。TBSの朝のニュ …
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お風呂から出て気丈に振舞い夕飯を食べて僕は寝る準備に入った。兄から聞かされた母の想い僕は母が兄に言った「ゆうじが心配」と言葉を思い出し、またその言葉を言っている母の姿を想像して1人ベットの中で声を殺しながら泣き続けた。そして家中が寝静まった夜中僕は2階で寝 …
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あれが母との最期の会話になったとはこの時の僕は知る由もなかった。兄は病院に残り、先に帰った僕はお風呂を沸かした。父は夕飯の準備をしていた。お風呂が沸き1番風呂に入った。いつもなら兄が母と何を話しているのか気にならなかったがこの時は湯船に浸かりながらただ純粋 …
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言葉は無かったけれど僕の事を許してくれた父。仲直りした僕らはそれから穏やかな時間を過ごせた。母は寝たきりになっていたけれど体調は悪い感じはなく父と仲直りしてから兄が来るまでの間3人で何を話したかは覚えていないけれど本当に穏やかな時間を過ごせていたのだけはは …
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僕が取った不謹慎で軽率な行動によって僕と父は喧嘩をした。母の病室でお互い怒りで沈黙をする。全ては僕がいけないのに…。でも変に意地を張ってしまい母にもそっけない態度を取ってしまった。僕は「誰も洗濯してくれないから家に帰って洗濯干してくる!」と病院に来てまも …
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僕には母に告知をした夜と同じぐらい後悔している日がある。それは母が亡くなる前日に取った僕の不謹慎で軽率な行動によって父を激怒させ、母を不安にさせ、そして悲しませてしまうこととなる。これまで仲が良かった家族だったのに家族全員で過ごせた『最後の日』となったに …
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母に感謝の思いを告げることができたこの日反対に母からお願いをされた事があった。それは母が僕に託した最後の願いであった。当時、大学3年生の21歳。いよいよ4年生になると就職活動が始まる。余談ではあるけれど3つ上の兄は真面目で慎重な性格上もあり手あたり次第、面接 …
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母が緊急入院、緊急入院をして余命3ヶ月を宣告されたあの日から僕には母が亡くなるまでに『絶対に伝えたい事』がひとつだけあった。でもそれは母が亡くなる直前になったら言おうと心に決めていた。その伝えたい事とは『はつみの子供で幸せだよ』という言葉。この言葉だけはど …
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いよいよ母と過ごせる残りの時間もあとわずか母の口から死を受け入れた発言を聞くようになりこのあたりから本当の意味で僕も『その時』を真剣に考えるようになった。だから僕は母が生きているうちに伝えたいことを伝えなければと決心した。この日僕は母に会う前から緊張して …
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事実上、母が死を認めた事諦めた事、負けを認めた事は僕にとって凄くショックだった。翌日僕ら3人は母に言われた通りAOKIに礼服を買いに行った。礼服と言っても、実際は間もなく訪れる母の通夜、告別式で着るための喪服だ。父が運転する車でAOKIで礼服を買った後僕だけ病院の …
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酸素が脳に行きにくくなり次に眠ったらそのままかもしれないという予断を許さない状況と言われたものの特にそんなことはなかった。脳に酸素が行きにくい事で上の空になったり、ボケたりすることもなく母は亡くなるまで普通に会話もでき何も変わらなかった。そしてある日の夜 …
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前日渡したはつみコレクションのMD。昨日病院に行く前にこのMDNにコブクロさんと綾香さんのコラボ曲「あなたと」とという曲を1曲だけ追加しておいた。この曲もまたJULEPSさんの「旅立つ日」同様に母が癌が見つかった事で歌詞の捉え方が180度変わった。この曲はまさに当時の僕 …
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前日、母がリラックスできるようとAIさんのStoryが入ったMDを渡した僕。翌日いつものように病院に行くと母は嬉しそうに僕を迎えてくれた。「ゆうじのおかげで昨日はよく眠れたよ^^」僕はとてもうれしかった。母が少しでも苦しみから解放され楽しい!と思えてもらえたことに。 …
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母がリラックスできる音楽。僕はそれを求めてTSUTAYAを訪れた。リラクゼーションコーナーに行き、水のせせらぎの音などが収録されたCDを借り、家に帰ってカセットにおとした。カセットにダビングしている時間を使い改めて病院に向かおうとする。母が好きだったAIさんのStory …
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高山病のような症状で酸素が脳に行きにくい状態。いつ亡くなってもおかしくない状態。もう本当に追い込まれている状態だと僕も重々承知していたがやはり諦める事などできなかった。それが無駄な抵抗だとしても僕はまだまだはつみに生きてほしい。インターネットで酸素につい …
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次の朝になっても(次に眠ったら…そのままかもしれません…)という言葉が頭から離れない。考えれば考えるほど不安と恐怖で涙が止まらない。母が死ぬのを認めてしまった僕。負けを認めた僕が願う事はただ一つ。「もうこれ以上はつみには苦しまないでほしい…」「死ぬのなら、 …
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「次に眠ったらそのまま…かもしれません…。」その言葉が頭から離れない。しかしあまりにも突然で自分の想像を遥かに超える宣告だったからかどこか他人事のような感じで時間が立つにつれ母と普通に雑談ができるような状態だった。しばらくすると仕事を早退して来た父から「 …
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(次に眠ったらそのまま…かもしません…。)その言葉に僕はとてつもない恐怖を感じた。(もう本当にもうすぐはつみが死んでしまう)その残酷な未来がもう目の前に迫っている。その未来はもう近い…。計り知れない恐怖が僕の心を苦しめた。母の病室の前に着いた。何度も何度も気 …
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混乱したまま案内された部屋に入るとそこは暗闇に近い部屋だった。しかし僕はすぐに不信感を抱いた。それはいつもの主治医の先生ではなく初対面の先生だったことに。(だれだこの先生は…)僕は余計に混乱した。とりあえず一例をして椅子に腰を掛けた。すると僕の困惑した表情 …
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母の容体が急変し、一時は母の死を覚悟した日から次の日になった。この日は母の闘病生活の中でも母に告知をしたあの日と同じぐらい忘れられない日となる。僕はこの日、大学にレポートを提出しに行った。レポートを提出してまもなく父から着信が入る。ドキッとする僕。前日の …
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母が一命を取り止めたその日の夜。どんなに願ってもどんなに一緒にいたくても母と一緒に過ごせる時間はもう限られている。母が入院してから初めて本当に母が死ぬかもしれないと目のあたりにしたことで家に帰って自分の部屋に入った時心が震えた。その震えは止まらなかった。 …
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