20代で両親を癌で亡くした僕の想い ~心の宿り木を目指して~

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。 僕の経験や想いを書いています。 死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。 身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

21歳の時に母を29歳の時に父を亡くした現在31歳の男です。
僕の経験や想いを書いています。
死別を経験した僕だからこそ誰かの役に立てるのではないか
たくさんの愛情をくれた自慢の両親が生きた証を残したくて書き続けています。

身近で見た癌発見前の体の異変、癌発見、入院、抗がん剤、告知、看病、別れの時、それぞれの死から感じた事など赤裸々に書きます。 読んでくれる方の何かのきっかけになってくれれば嬉しいです。

2016年2月2日火曜日。この日は母の7回目の命日。僕は母の墓参りに行った。僕はこの3、4年ぐらい前から母の墓参りに行くと母にいつも同じお願いをしていた。(信ちゃんと洋ちゃん、家族全員がこれからも健康でいれますように)と。命日だけではなくお正月やお盆の節目 …
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父の事で頭がいっぱいだった僕は家の最寄り駅に着くと駆け足で家に向かった。走った影響と父の体が心配で家の門に着いた時には心臓がバクバクしていた。乱れた呼吸を整えながらカバンから鍵を取り出し玄関を開けた。「ただいまー」と言いながら急いでリビングに入るとそこに …
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時は2016年1月30日土曜日。この日僕は19時まで仕事だった。父はこの前夜、僕に病院に行くと約束してくれた。病院嫌いの父が自らの意思で病院に行くと言ってきた。ただ僕が教えた病院ではなく歩いてすぐの所にあるクリニックに行くと父は言った。僕は父の体力が続か …
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僕は父に対して怒りが収まらなかった。「何でこんなに心配しているのに 信ちゃんは今回も病院に行ってくれなかったの?」僕は思ったままに父に想いを告げた。すると父は何とも言えない表情で重い口を開いた。「行かなかったんじゃない、行けなかったんだ…。」と元気のない …
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仕事中ずっと父が病院に行ったのか気になっていた。父は元から病院嫌いの人だった。僕と兄は3つ違い。僕が高校受験兄が大学受験の時は同時に受験だった。そんな大事な年に父はインフルエンザにかかった。さらに僕が大学受験の時に父はノロウイルスにかかった。だが父は昔か …
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翌日僕は仕事だった。父が心配でいつもより少しだけ早起きした。父は普段と変わらない様子だった。そんな父を見てひと安心したのを覚えている。支度を済ませて家を出る前に父にもう一度、病院に行くように念押しした。父はボソッと「行く気力がない…」と言ってきた。僕はそ …
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父が異変を起こし寝てから数時間が経った。僕は逐一、1階で寝ている父の様子を見に来ては、父の気持ちよさそな寝息を聞いて安心し2階の自室へと戻るというのを繰り返した。この頃には僕はもう元気だった。自分で都合の良い診断を勝手に下したおめでたい奴だったから。仮に狭 …
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父が寝たのを確認すると僕は2階の自室へと戻った。そして先程の父の症状を自分なりに調べた。すぐに症状が治まった事呼吸困難だった事この2つが僕の中で大きな症状として印象に残り急いで調べるとある病気に先程の症状と近い症状が書いてあった。この半月後に父は入院しその …
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その時は突然やってきた。時は2016年1月。この日も僕は父が作ってくれた夕飯を食べた後、いつものように父にマッサージをした。この日は兄が夜勤の為、深夜1時まで仮眠が必要だった。2階では兄が夜勤に備え寝ている。僕は父に1分でも熟睡してほしいと入念にマッサー …
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ブログを開設して早1年。今年の5月に母編が終わりいよいよ次回より父編がスタートします。これまで数多くの方に閲覧頂きここまで書き続ける事ができました。また中にはコメントを下さる方も居て本当に励みになっています。同じように大切な人を亡くされた方達からのコメン …
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いつからだろう。いつしか僕は夜、食事を済ませた父にマッサージをするようになった。最初のきっかけは母が体に痛い所がありほぐしてほしいというのでマッサージをするようになった。非力な僕の力加減がちょうど良かったようで母には腰が痛い時など不定期でマッサージをした …
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日勤の仕事に就き気持ちに余裕が持てて父との時間がたくさん取れた。母が居た頃は仕事が休みの週末の昼食と夕食を作るのが父の担当だった。でも逆を言うと洗濯やお風呂洗い、食器洗いなどの家事全般は父は全くやらなかった。しかし母が亡くなってからというものの最初のうち …
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僕が30年生きてきた中で現時点でこの2015年が一番充実していた。当時もこの2015年が終わりそうな年末に「今年は充実していた年だったな~」と心の底から感じられていた。こうした充実した1年を過ごせたなと思える年を今後1年でも多く過ごしていきたいと思う。2 …
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僕の家のすぐ目の前には畑がある。母方の祖父は地主だった。子供の頃は毎日のように庭や畑でいとこや兄と遊んでいた。だが僕達が子供が大きくなるにつれ子供の時遊んでいた畑にアパートが1棟、そしてまた1棟と新たに建った。だが家の前の畑だけはアパートは建たず畑のままだ …
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母が亡くなって早6年。僕は母が亡くなってからしばらく経ってからは僕はもう父と兄を含め人前では決して泣かなかった。自分の気持ちに感情に何重にも何重にも蓋をしてこの6年過ごしてきた。この当時は未だに母が亡くなった事に対して向き合えず受け入れられず母と過ごした …
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意気揚々と花火大会会場へと向かう父。そんな父に面を食らったもののすぐに僕は嬉しい気持ちで一杯になった。言葉にしなくても僕は父と、父は僕と一緒に見に行くのだと以心伝心ではないけれどお互いがそう思い合えた事が嬉しくて。僕も父と深い所でしっかりと繋がっているの …
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僕には大好きな父とのかけがえのない思い出がある。月日が経てば経つほど僕の心を温めてくれるかけがえのない思い出だ。その年、僕の地元では数年ぶりに花火大会が開催されることとなった。僕はこの日を楽しみにしていた。花火大会当日は休みを申請したので僕は見に行ける事 …
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僕は野球が好きだ。下手くそだけれど子供の頃からボールを投げるのが好き。小中高大学生と兄が家にいる時はよくキャッチボールをしていた。ちなみに今も休みが合えば家の前でキャッチボールをしている。兄が就職してからはキャッチボールをしてくれる相手が居なくなったので …
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兄が夜勤の時は深夜1時に起きて準備をして30~40分程度してから家を出て車の運転をする父。兄は父のおかげで十分な休息を取りながら夜勤の仕事に向かう事が出来ていた。基本的には父は自分で起きる。しかしごく稀に深夜1時を過ぎても起きてこない事があった。僕は父が …
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転職して数ヶ月。日勤の仕事に就いた事で仕事もプライベートも充実して僕の心は穏やかになった。この当時、僕の記憶では兄はローテーションで1ヶ月に1度(5日連続の)夜勤で働く時があった。兄の夜勤の仕事開始時間は深夜3時。兄の会社は辺鄙な場所にある為電車バスを乗 …
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夜勤の飲食店勤務から日勤のホテル業に転職した事で僕の生活は一変した。飲食店の頃は夜勤明けの休みだと日中寝て20時や21時に起きる。起きて父が用意してくれた晩御飯を食べ酔っぱらった父と少し話すものの父はすぐ寝てしまう。そして父と兄が寝ている夜中に僕は1人起 …
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新卒でこの会社に勤めて早くも4年が過ぎた。入社前に心に決めていた3年間続けるという目標をクリアして3年目を過ぎた事からずっと転職したいと考えていたものの次にやりたい事、自分に合っている仕事が見つけられず、ずっと行動に移せずにいた。僕はずっと転職するなら「 …
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築25年の我が家は父の独断で屋根と外壁とお風呂のリフォームを行った。僕と兄は家のメンテナンスなどに対して興味がないというか関心が無かった。というか父に任せっきりであったし父が考えた事なら僕は間違いないと思っていた。父の口からリフォームを行うことにしたと聞 …
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就職して3年半が立った2013年11月。勤務先の店舗が改装することとなり約一ヶ月休業となった。その間、人が不足している店舗にヘルプで働く事となった。僕は元々就職した時からこの会社で長く働こうとは思っていなかった。もちろん卒業ギリギリで採用してくれたこの会 …
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就職して約2年半が過ぎた頃僕はようやくこの仕事に慣れて来た。調理がなかなかうまくできなかったが異動した3店舗目で事実上の夜の責任者を任されたことで嫌でも調理をしなければならない環境になった。僕は臆病者でなかなか一歩目が踏み出せないタイプ。自己評価が低いの …
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東日本大震災が起きた日、僕は休みだった。明くる日、電車は動いていたものの5つ先の駅から終点までの折り返し運転のみ行っていた。当日の早朝ようやく店舗に電話がつながり昼の12時から来るように言われた。僕は自転車でその駅まで行くことにした。しかし僕は方向音痴。 …
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2011年3月11日。東日本大震災。僕はその日休みだった。この日は金曜日。金曜日は1週間の中で一番忙しい。その為社員は必ず出勤するというのが暗黙の了解であった。現に僕はこの会社に4年半お世話になったがこの日以外で金曜日に休んだ記憶がない。それにアルバイト …
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社会人生活もスタートして半年ぐらいが過ぎた頃だろうか店長が替わった。ただまだ半年、徐々にではあるが好きな接客ができるホール業務は視野が広がり少しづつ手応えを感じ始めてはきたがまだ調理の方は全くと言って良いほどできなかった。もっとも調理が最低限できるように …
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何気なく見始めた榮倉奈々さん主演ドラマ「泣かないと決めた日」入社前にアルバイトとして働き始め約1ヶ月。毎日失敗ばかりでうまくいかずもどかしい日々を過ごしていた為か僕はこのドラマにあっという間に引き込まれてしまった。主人公は悪意に満ち溢れた嫌がらせなどを受 …
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座右の銘。調べてみると常にその人の心に留めておき、自分の励ましや戒めとする言葉のこと。 生き方や仕事に対する姿勢や方向性、価値観などのベースになるものといえるとある。社会人になりたての僕には座右の銘がなかった。研修期間中の束の間の休日。研修期間中に教わり、 …
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2010年4月1日。僕はこの日、晴れて社会人としての第一歩を踏み出した。内定をもらってからこの4月1日までにアルバイトとしてすでに数回配属先の店舗で働いていた。接客は好きだが人生初めての飲食業。緊張しやすい性格、覚えることが多すぎて頭がパンク。自分ではミ …
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大事な人を亡くした人ならばあの時◯◯をしてあげれば良かった亡くなる前に◯◯に連れて行ってあげたかったなどと後悔する事がたくさんあるはずだ。親はいつまでも元気だと錯覚し近い存在であるからこそつい照れくさかったり次に会った時に言えば良いやなどと日頃の感謝の思 …
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