僕は野球が大好きだ。
1995年母が当時オリックスにいた
イチローのファンとなり
我が家はあっという間に
野球好きな家族になった。


翌年の1996年の3月20日、
東京ドームで行われた
巨人対オリックス戦を
家族全員で見に行った。


これが家族全員初めて
生でプロ野球の試合を見に行った日だ。


なぜこんなに鮮明に覚えているかというと
今も住んでいる実家に
この日撮ったイチローの写真がずっと
貼られているからだ。


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その後も両親にたくさん
プロ野球の試合に連れて行ってもらい
僕ら兄弟はあっという間に
兄は巨人、僕は西武ファンとなった。


母はもちろん亡くなるまで
ずっとイチローのファンだった。


当時の僕は小学校3年生。
両親に初めて野球に連れてってもらってから
野球の虜になった。


見るだけではなく
自分もやりたい!


そんな僕ら兄弟を見て
グローブやバットやボールを
両親は用意してくれた。


当時小学3年生だった僕は
3歳上の兄と兄の友達達に混ぜてもらい
一緒に野球をやって遊ぶことが多かった。


家から自転車で15分ぐらいの所にある
グランドでよくやっていて
一度大雨が降った時、


当時の僕は兄と一緒だったのもあり
門限は夕方の5時まで大丈夫だったのだが


その日は突然の夕立で
傘も無く、ずぶ濡れの状態で
思うようにすんなりと帰れなかった。


いつもより帰りが遅くなってしまったのだが
僕の記憶では10分ぐらい遅くなったのだが
心配性な母は傘を差しながら
家のまでずっと僕らの帰りを待ってくれていて
僕らを見るなり凄い勢いで怒ってきた。


母は怒りが頂点に達すると
ヒステリックになりパニック状態になって
僕らを怒る。


僕は母に怒られるのが怖くて
門限は絶対に守らなければと
母と一緒に暮らしていた時は
ずっと肝に銘じていた。


話が逸れたが
僕は小学生の間は
市のチームには入らず


中学生になって親友もいたこともあり
野球部に入って3年間やり遂げた。

僕の中学校では
自分の所で試合が出来ないため
土日などは他校で試合をしていた。


ごく稀に市内の中学校と
試合をしたときは父と母と兄が
見に来てくれた。


ただグランドの保護者席には入らず
外野の奥のフェンスの向こう側から
そっと見てくれていた。


僕の記憶では兄が腕組みをしながら
グランドを見ていた時があり
1人で笑っていた。


(なんで怒っているんだよ(笑))


と。



幸い、顧問の先生にも恵まれ
下手くそでも元気に声を出してくれたら
試合に使ってくれる先生だったので
毎日が楽しかった。


先生のおかげで野球が
ますます好きになることができた。


でも高校に行くと野球部に入ったが
弱小校だったものの
僕は下手くそで体力が無い為
練習にすら付いて行けず
野球が嫌いになりそうになり
3ヶ月で退部した。


その当時、両親に野球部を辞めたいと
相談したところ


「野球が嫌いになる前に辞めた方が良いと思う」


「おまえがそう決めたなら応援する」


と言ってくれ
僕の決断を支持してくれた。


今にして思えば


この部活を3ヶ月で辞めた時も


大学生になって
初めてのアルバイトを3日で辞めた時も


転職を決めた時も



驚かれたりはされたものの
怒られたり、
ガッカリされた事は無かった。


転職の時はもう母がいなかったけれど
僕の決断した事に対して
きちんと僕の考えを尊重してくれた。


本当に両親と兄には
伸び伸びと育ててもらった。


僕には家族と野球があったからこそ
泣きながら前に進めた。


そして僕には心の支えになったくれた
2人のプロ野球選手がいる。


次回とその次はその選手について
書こうと思う。


野球に興味ない方も
ぜひ読んでいただければと思う。









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